冷たい雨の日

 

「寒い︙︙寒すぎる︙︙」
「おわー 雨ごっつ降ってきたな」
「服部。お前のマフラー寄こせ︙︙」
「は そしたら俺が寒なるやろ 嫌じゃアホ」
「良いから貸せ」
「買うたらエエやんか 高島屋にいくらでも売っとるっちゅーねん とにかく行くでホレ

 新宿。紀伊國屋前。
 吹きすさぶ雨と風を二人は、恨めしげな目をして見上げた。

 工藤新一。そして服部平次。
 東西きっての名探偵達は、日も暮れた十八時に、ここで待ち合わせをしていた。

 朝から嫌な天気だったけど、闇が降りてからそれは酷くなり。
 とうとう風も出てきたらしく、通り過ぎる人たちの衣服を泳がせ濡らしていた。

 厚手のコートを着てきたのは良かった新一。
 しかし首元がどうにも寒くてたまらない︙︙

 すると、平次が暖かそうなマフラーをしてやって来た。
 だからつい欲しくなったのである。

「家に帰りゃ十本も持ってるっつーのに、何でココで一本増やさなきゃならねーんだ。それよりお前が今晩我慢すれば済む」
「工藤︙︙ええか 基本的にコレの所有者は『俺』やぞ」
「いーじゃねーか。どう見たって俺の方が儚げだろ。お前は半袖でも平気な感じだし
「素直に『カシテクダサイハットリサン』とは頼めへんのか
「いいのか 俺が、こんな人目あるトコでお前に『頼み事』しても良いのか
「へ︙︙

 紀伊國屋の一階は、高島屋の三階と繋がっている。
 その間を、雨や風を避けながら二人は懸命に走っていた。こういう会話を、しながら。

 そして、その最後の言葉を新一は立ち止まって言ったのだ。
 突然隣から新一の気配が消えて平次は振り返る。

 相変わらず降り続ける強い雨。
 そして風。

 傘は持っていたが、たった数十メートルの距離だから二人は差さずに走っていた。

 暗闇に立ち止まる新一。
 顔にかざしていた手を下ろし、雨を受け止める全身。

 ︙︙髪も顔も濡れ続ける。

 平次は反射的に、叫んだ。

「んなトコで止まって何しとるん
「︙︙」

 しかし新一は動かない。
 訳が解らず、新一の元に走り寄った。

 そしてその腕を掴む。

「何考えとんねん 風邪ひくやろ
「︙︙服部」
「あん
「そのマフラー︙︙貸して

 それは不意打ちの上目遣い。
 こういう人目の有る所では、決して見せてくれない筈の新一の武器のひとつ。

 しかも背景は闇で。
 うまい具合に、夜景がキラキラしてて。

 さらに雨と風の音が足元の木の板を反射し、その言葉は平次にしか聞こえていないという絶好のシチュエーション。

 そして本人は更に演出されている。

 濡れ過ぎず、濡れなさ過ぎずの濡れ姿。
 剥き出しの首筋は、人工の光に照らされ蒼白く。

 いつもは乾いている口唇が雨粒で潤い。
 それが薄く開いて、彼の名を呼び『上目遣い』で『頼み事』をした。

 ︙︙平次が反応しない訳がない。

「くっそー 工藤 ホンマずるいっちゅーねん
「サンキュー」

 一気に体温が上昇した平次は、自分に巻いてあったマフラーを外し新一にぐるぐる巻きをする。
 そして二人は並んで高島屋店内入口へ駆け込んだ。

「ああもー こんなトコでワザ使うの反則やろが 一気にヤバイ状態にさせおってどーしてくれるんや
「俺ヴィトンに行ってネクタイでも見てるから、お前トイレ行ってくれば
「︙︙」
「んな顔したって手伝える訳ねえだろ。そんじゃな」

 図星をつかれ平次は返す言葉も無い。
 新一はひらひらと手を振ると、コートの雨粒を払い、さっさと中に入って行った。

 

[了]

 

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