決戦の金曜日

 

「いやースマンな工藤、待ったか
「当たり前だ。約束の時間、七分も過ぎてんだぞ」
「今日はしゃーないやろ。講義終わってから声掛けられまくりで、ココ辿り着くのも一苦労やったんや」

 現在十六時三十七分。
 とある大学の前のパーキングエリア。

 そこに停まっていた車の助手席に、平次が満面の笑みを浮かべて乗り込んできた。
 手にはいっぱいの紙袋を抱えている。

「随分上機嫌だな」
「当たり前やんか けど、今日がバレンタインなんて忘れとったな」
「︙︙ホントかよ」
「何や。妬いとるん

 不機嫌丸出しな新一に平次はにやりと微笑わらう。
 反論すると調子に乗るから、新一は何も言わずエンジンを掛け車を出した。

 


 

 そうして工藤邸。
 二人は近くのコンビニで買ってきた弁当を袋から出す。

 ふたつの、包装された小さな箱と一緒に。

「コンビニのねーちゃんまでくれるなんてな。俺らの人気もたいしたモンや」
「あの人、お前のファンだからな。俺のはついでだろ」
「へ 何で解るん」

 ︙︙わかるっつーの。

 お茶を入れながら新一は心の中で呟く。
 貰ったものは同じ大きさの同じチョコだったし、店員の女の子が渡していたのは新一の方だったから、平次はきょとんとした。

 でも新一は前から知っていた。

 夕方の時間帯。
 この時間のシフトの彼女は、週に何度か来る新一や平次を覚えていた。

 いつも、気持ちの良い笑顔で挨拶をしてくれていた。

 けれどもついこの前。
 新一がひとりでこの時間帯に店に来た時、変わらない笑顔で『いらっしゃいませ』と言ってくれた直ぐ後に、残念そうな表情をしていたのだ。

 ︙︙それで解ってしまった。

 彼女が、平次に恋をしている事を。

「ま。探偵だからな」
「ほー」
「︙︙何だよ」
サカキサン言うたっけ あのコ。ちょお松嶋奈々子に似とるよな」
「そうだな︙︙って、良く名前覚えてんな。感心するよ」

 淡々とそう語りながら、そばを食べる。
 さっきから目線を合わせて来ない新一だったが、平次は何故か嬉しそうだった。

 


 

 食後。
 互いに貰った大量のチョコをリビングに広げた。

 高校生の頃から雑誌やテレビ等に出てる二人は、この時期は本当に沢山のプレゼントが家に届くのだ。

 テーブルを挟んで向かい合う。
 色々な形や大きさ有るんやなあと、平次は感心しながら目の前のカップに口を付けた。

 やけに甘いそれに、飲んだ瞬間『何じゃこりゃ』と顔をしかめる。
 けれども、気を取り直して新一を見た。

「なあ工藤、俺まだ貰ってへんねんけど」
「︙︙は
「くれへんの チョコ」

 首をかしげ平次は聞いてくる。
 その仕草に瞬間息を止め、正面の新一は小さく答えた。

「何で俺が︙︙そんなに貰っといて足んねえのか」
「足りるとかやなくて、『意味』ないやろ」
「意味
「俺は工藤に惚れとんねんで

 雰囲気をガラリと変え、平次は新一を舐める様に見上げてきた。
 テーブルに肘をつき、俯く相手を射る様に。

 ︙︙新一は観念した様に息を付く。

「さっきから飲んでるだろ︙︙」
「へ」
「これ、『ホットチョコ』って言うんだけど」

 気が付くと真っ赤な新一。
 消え入りそうな声をし、手元のカップを持ち上げる。

 ︙︙次に体温を上げたのは平次だった。

「ど、どーりでやたら甘いと思うた」
「お前が欲しがってるのは気付いてたけど︙︙俺にはこれが精一杯だ。我慢しろ」
「︙︙工藤」

 本当は『チョコ』なんてどうでも良かった。
 平次は、ただ新一のその行動が嬉しかった。

 きっとここ数日あちこちのチョコ売り場の前で迷っていたに違いない。
 それを想像すると、たまらない想いが胸を満たした。

 ︙︙途端に自分の身体が変化を見せる。

「うっわ。ちょおヤバイかも︙︙」
「え
「工藤があんまし可愛ええ事するから︙︙ヤりたくなってもうた」
「な、何突然サカッてやがんだテメエは

 なんて反射的に言ってはしまったものの。
 実は自分も結構ヤバイ状態だったから︙︙

 触れてくる指先に、新一は黙って目を閉じた。

 


 

 今日は金曜日。
 昔、何かの歌にあった決戦の金曜日。

 

 ︙︙恋人達は、これから甘い週末を迎える。

 

[了]

 

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