黒猫記念日

 

 五月四日。
 服部平次は息を切らしながら米花駅のホームを駆け抜ける。

 もう日が暮れた。寒くは無いけど風が強い。
 そして思い出す。

「アカン︙︙何も用意してへん」

 今日は誕生日。
 工藤新一の、生誕記念日。

 物欲のない新一へのプレゼントは、毎年選ぶのに一苦労。
 だからここ数年は、『物』ではなく『体験』などの消え物になってしまっていたのだが︙︙

 今年はもうネタも尽きてしまった。

「今日は早よ来て、あいつどっかに連れ出そ思てたんやけどなあ」

 東京に来るのも正月ぶり。
 なんやかんやで忙しく、リアルで会うのは、本当に久しぶり。

 五月四日。
 本当なら昨日のうちに来たかったが、どうしても都合つかず、当日便。

「お、あそこケーキ屋ちゃうん? 開いとる? 開いとるな、よっしゃラッキー!

 米花駅前。
 いくつかのお店の中に、ケーキ屋らしき店舗を平次は見つける。

 とりあえず誕生日だからケーキがあれば格好が付く。
 平次は、小さなモンブランをふたつ頼んだ。

 


 

「︙︙ん?

 工藤邸に着く頃には、闇も深くなっていて。
 玄関前でベルを鳴らそうとしたその時、かすかに声が聞こえた。

 猫。
 それも、仔猫のもの。

「何や?

 きっと平次の足音に驚き、威嚇の声を出したのだろう。
 でもそれがどこから聞こえるのか、暗くて良く解らない。

「︙︙どーこや? お腹空かしとる声やなー」

 今度はけたたましい鳴き声。
 自分の家の庭にも、よく野良猫がくるから解る。必死な声だ。

「おった︙︙」

 すぐ横の、芝生の上。
 暗闇がかさかさと動いている。

 手を伸ばして、小さな毛玉を持ち上げた。
 玄関前の薄明かりにかざしても、黒い。

 ということは︙︙黒猫?

「おー 元気ええなあ」

 平次に掴まれ、最初は威嚇していたが、しばらくすると大人しくなる。
 やがてゴロゴロと喉を鳴らした。

「んー︙︙母猫おる様子でもないしなあ。どないしよ」

 扉前に座り込んで、仔猫を抱っこしながら考える。
 そして横に置いたケーキの箱に掛けられていたリボンを取ると、仔猫の首に巻いた。

「お、かわええぞー。黒猫に赤いリボン、ピッタリやな」

 首に違和感を感じた仔猫が、じたばたと暴れ出す。
 それがまた可愛くて遊んでいた時、ガチャリと背中の扉が開いた。

「︙︙何してんだそこで」
「おわ、ビックリした」
「驚いたのはこっちだ。玄関が騒がしいと思って様子見てたら、お前の声じゃねえか」

 現れたのは工藤新一。
 暗闇でも解る整った顔立ちから発せられる声は、相変わらず冷い。

 それに平次は安心する。

「工藤のストーカー捕まえたんやから、堪忍やで」
「ストーカー?
「ほい。誕生日おめでとさん」

 立ち上がり、新一に極上の笑顔を平次は向けた。
 右手に仔猫。そして左手にケーキの箱を持ちながら。

 


 

「︙︙俺が探しても全く姿見せなかったのに。なんでお前はアッサリ見つけるんだ」
「へ?
「こいつ、三日前くらいから庭で鳴いてたんだよ︙︙でも全然見つからなくてさ。お腹空かしてるみたいだから、餌だけ玄関のとこ置いてたんだ。次の日には中身なくなってたから、そこだけは安心してたんだけど」

 ちょうど関わっていた事件が一段落した所だった。
 
 風が強く、雨も強かった夜。
 窓の外から聞こえた声。

 ︙︙猫?

 それも仔猫。
 親とはぐれたのか、悲痛な鳴き声。

 ︙︙おいおい、この雨にマジかよ。

 雨に負けてない鳴き声。
 新一は、我慢できず外へ出る。

 まずは現状把握。
 傘が役に立たない風と雨の中、家の周りを一周したけれど見つからなかった。

 いきなり人間が出てきて驚いたのだろう。
 新一が外にいる間は、鳴き声が一切しなかった。

 家に戻ると、聞こえてくる。

 しょうがない。
 ひとまずキャットフードを買いに行き、雨風が当たらない場所に餌を置いておいた。

 次の日、雨が上がって風も止んでいた。
 餌の皿も綺麗になっていたから、鳴き声は聞こえても会えない状態のまま、今日まで数日間それを続けてきた。

「工藤、怖い顔して探したんやろ」
「︙︙何だと」
「動物は人間の感情、よお読み取るし。助けて欲しかったんはホンマやけど︙︙いきなり飛び出してきて、ガサガサ探し回られたら、怖なって声も出えへん」

 平次が新一と合流した後、二人はまだ開いてる動物病院へと仔猫を連れていった。

 健康診断が終わり、特に外傷もなくノミダニも見当たらなかった。
 一通りの処置をしてもらい、家に戻って綺麗に洗う。

 お腹も満たされた仔猫は今、キャリーの中ですやすやと眠っていた。

「ずいぶん動物の気持ちが解るんだな」
「うちはちっさい頃から、猫やら犬やらおったし。野良も、よお来てたから」
「︙︙そうなのか」
「けど面倒みるつもりやったんやな。全部用意しとるやん」
「そりゃ︙︙そのつもりじゃねえと、餌置かねえよ」

 仔猫とケーキを差し出した時。
 工藤邸の玄関奥に、猫用トイレやら餌やらゲージが用意されているのが目に入り、平次は驚いたのを思い出す。

 犬にしろ猫にしろ、その後の責任が持てないなら、餌を与えるものではない。

 それに家を空けることが多い新一は、動物を飼いたいとは思ったことがなかった。
 だけど目も綺麗でダニなども付いてなかったということは、心ない人間に捨てられた可能性が高い。

「で? 初めて会うた感想はどうなん」
「どうって?
「黒猫て事も初めて知った訳やろ」
「あー︙︙そうだな、しっくりきた、かな」
「ほほう」
「闇夜にいくら探しても、見つからない理由はそれもあったってことだし」

 決して自分が怖い顔していただけではない。
 そう新一は思いたかったと解り、平次はにやにや笑う。

 ︙︙と言うことを考えてるのだろうと、新一も解ったからこれ以上は何も言わなかった。

 


 

「あ、そやケーキ買うてきたん、どないした?
「冷蔵庫」
「今日のうちに食わな意味ないやん。持ってくる。食お」

 黒猫騒動で、ろくに食事も取ってなかった二人。
 一段落ついた所で、空腹を思い出す。

 時刻は二十時。
 
「それだけじゃ足りねえだろ。コンビニ行って、なんか買ってくるか」
「せやなあ︙︙ついでに酒も買うてくるか。あ、お前は来んでええ。猫おるし」
「じゃ、頼む」
「まかせときー」

 ひらひらと手を振り平次は玄関へ消える。
 新一はソファの横に置いたキャリーへ近づくと、寝ている仔猫を覗き込んだ。

 ︙︙やっと会えたな。

 玄関で平次が出してきた小さい毛玉。
 それが生き物だと解ったのは、もぞもぞと動いた時だ。

 小さな青い目。
 猫は、小さい頃は青い目をしていると聞いたことがある。

 まん丸い目をして、こちらを覗き込んでいた。

 どうやら二ヶ月ほどのオスで。
 今日はこのままキャリーで寝てもらって、明日になったらゲージに移そう。

 組み立て式のゲージは今日届いてる。服部に頼めばすぐ出来るだろう。
 とにかく、しばらくは事件の依頼が来ないことを祈ろう︙︙

 そこで新一の意識は途切れる。
 やがて、静かな吐息を立て始めた。

 


 

「︙︙」

 戻ってきた平次。
 玄関から声を掛けても返事がないのでリビングに来てみたら、ソファの影から足が見えた。

 ︙︙こらまた、綺麗な黒猫が寝とるな。

 今日の新一は気付けば全身黒。
 それが黒猫キャリーのそばで寝ているものだから、絵になってしょうがない。

 今一度、呼んでみたら起きた。

「あれ︙︙俺寝てた?
「寝とったなー。ほれ、適当に買うてきた」
「サンキュ」
「お。チビクロも起きたんか」
「ほんとだ︙︙ん? チビクロ?

 食料を渡され起き上がった時、キャリーからカサカサと音がした。
 人の気配が動いたから、こちらも起きたらしい。

 そして新一が聞き返す。

「ちっさいクロネコで、チビクロや。名前ないと呼びづらいし、ええやろ」
「みゃ!
「え、お前返事した?
「みゃみゃ!!
「︙︙チビクロ決定でええんちゃう?
「大きくなってもチビクロ︙︙?
「そん時はクロでええやろ」

 キャリーの隙間から、ちょいちょいと指で遊ぶ新一。
 平次は買ってきた食料と酒をテーブルに並べ、ソファに座った。

 新一も腰を下ろす。
 

「ケーキは後でいいか」
「そやな」
「ありがとな。来てくれて」
「へ︙︙」

 平次が驚いた顔をして新一を見た。
 すんなりお礼を口にするなんて、珍しいからだ。

「クロを見つけてくれて、本当に助かった」

 昨日の夜まで、激しく鳴いていた声が今朝になって消えかかっていた。
 餌は減っていて、気配も感じるのに見つからない。

 自分が外へ出ると、存在を隠す。

 すぐに病院へ連れて行きたかった。
 だけど捕まえられない。

 そうして疲れ果てていた所に、平次が現れたのだ。

「最高の誕生日だ」

 呟くと、新一は微笑わらう。
 今まで見たことのない綺麗な表情で、平次に向いて。
 
「︙︙アカン」
「ん?
 
 小さすぎる囁きに、新一は上目遣いに聞き返す。
 その表情に、平次はつい言葉が出た。

「俺︙︙好きや、お前んこと」
「︙︙あー︙︙うん、知ってる」
「へ?

 自分でも、なんで直ぐに口に出す? と思っていた所に、思いも寄らないこの回答。
 平次は呆けた顔をして新一を見る。

「だって俺追いかけて東京に来て、一緒に事件解決しまくって︙︙元に戻ってからも誕生日とか、休みごとに必ずこっちに来てる奴が、今更だろ︙︙まさか自分でも気付いてなかったのか?
「︙︙え、えーと?
「おいマジか︙︙だから今まで何のアクションもなかったのか」

 最後の言葉は、平次には聞こえないくらいの呟き。
 新一は大きく息をついた。

 


 

 コナンになって平次と出会って。
 新一に戻ってからも、ことある事にやってきて。

 ︙︙あれだけあからさまな好意だ。
 向けられ続けたら、気付くに決まってる。
 
 なのに、当の本人が無自覚だったとは︙︙

「服部」
「な、何や」

 最初からひと目惚れしていて、当の本人にはとっくにバレていることを知った平次。
 どう対応していいか解らないと言った顔をしている。

 これは面白い。
 新一は立ち上がり、平次の前で座る。

 キャリーからチビクロを出し、その頭と喉を愛おしそうに撫でた。

「︙︙俺の感情が欲しけりゃ、頑張れ」
「へ︙︙」
「これから俺はこいつに時間と愛情を注ぐ。第一優先だ。だから、感情を向けて欲しけりゃ努力するしかないってことだ」
「︙︙へ?
「俺もお前は好きだけど、今の段階では、そういう意味・・・・・・での好きじゃない」
!
「だから努力しろ。俺を手に入れたいなら、チビクロこいつ以上の存在になるしかない。そうなれば、俺からキスでも何でもしてやるよ」

 チビクロを撫でながら、新一は平次を見る。
 
 自分が相手を好きだからと言って、相手も同じ感情がなければ恋愛に発展しない。
 これはただの片思い。しかも、相手に気持ちがバレている厄介な片思い。

 それに新一は拒絶しなかった。
 
 相手が同性だからという嫌悪がないばかりか、いま感情はないけど未来は解らないという希望を提示してくれている。

 これが工藤新一。
 見かけも性格も最強で最高な、東の名探偵。

「︙︙解った」
「ライバルは多いからホント頑張れよ」
「は?
「じゃ、ケーキ食おうぜ。フォークも取ってくる」

 ちょい待ち。ライバルって何や︙︙?

 平次は思い当たる顔を何人も浮かべる。
 そうして、チビクロと共にソファに深く沈んだ。

 


 

 五月四日。
 それは、工藤新一の生誕記念日。

 そしてチビクロという、新しい家族が増えた日。

 五月四日。
 それは︙︙

 工藤新一争奪戦に、服部平次が加わった日。

 

[了]

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