夢のつづき

 

 日に一度の恒例電話。
 その日は、新一のくしゃみから始まった。

 


 

『風邪ひいたん 最近寒いんやから気をつけな』
「いや︙︙今日ちょっと書庫掃除しててさ」
『ホコリにまみれたんか︙︙せやから、ちょくちょくハタキかけろ言うとんのに』
「うるせえ。っくしょい!」
『どーせマスクもせんとぱたぱたしとったんやろ。しゃーないな。俺が正しい掃除の仕方ってモンを教えたろ』
「は

 自室のベッドでごろごろしていた新一。
 最後の言葉に疑問を感じ、聞き返そうとしたが電話は切れてしまう。

 ︙︙しかし。

「ったく。素直にインターフォン鳴らせっての」

 平次の行動パターンは、もう解っていた。

 


 

「よく来るよな。お前の大学ヒマなのか
「まー やるこたやっとるからな」
「へぇ。優秀じゃん」
「そーやないと、工藤に逢いに来られへん」

 五月も半ば。
 ちょっと前までは暑い日もあったのに、最近は随分と肌寒い。

 この前勢いで夏服と冬服を入れ替えてしまった新一は、だから慌てて長袖のシャツを引っ張り出して着ていた。
 その時もひとつ、くしゃみ。

「︙︙っくしょい
「ホンマ大丈夫か 腹でも出して寝とったんやろ」
「お前と一緒にすんな︙︙あー、けど今日もさみー︙︙」
「京都ん時は結構ぬくかったのにな」
「︙︙そうだな」

 京都。
 それは、ゴールデンウイークの時に、偶然二人が再会してしまった土地だ。

 まだ『コナン』だった時に起きた殺人事件で、ほんの数時間だけ『新一』に戻った事があった。

 その時は新一の片想いだった。
 でも。

 ︙︙病院で平次に仕掛けたキスが、彼の心を動かしたのだ。

「けど全然驚かへんのな。つまらん」
「何がだ」
「大阪に居るはずの俺が、実は工藤んちの前に居ました~て演出で面食らったカオ見よ思うとったのに︙︙」
「お前の考えなんてお見通しだ」

 リビング。
 大きなソファに新一。横の小さなソファには平次。

 向かいにある大きな液晶ディスプレイからは、今日起こったニュースが流れている。
 呟いた一言が、響く。

 ︙︙そのまま何となく会話が途切れた。

 そうして約、数分。

「工藤︙︙」
「うわ
「︙︙なにビクついとんねん」
「あ、いや︙︙な、なんだよ」

 テレビのニュースに少し気を奪われていた時だった。
 突然、耳元で声がしたから新一は心底驚いた。

 いつの間にか平次が隣に座っている。

「そんな驚くことないやろ」
「べ︙︙別に」
「それに俺が来とんのに、画面に夢中になるってのはどーゆーこっちゃ」
「服部?」
「めっちゃムカツクわ」

 至近距離。
 明らかに怒りを宿した光りが、新一を射る。

 ︙︙そうしてその中に自分自身を見た時、呼吸を制御された。

「っ︙︙」

 久しぶりの感触。
 あの日から、メールや電話は毎日してたけど。

 こうして触れ合うのは桜の散ったあの街以来。

 たかだか二週間相手を見ないだけなのに。
 まるで、何ヶ月も離れていた気がする。

 ︙︙平次は、湧き上がってくるこの感情を持て余していた。

「バーカ。お前テレビに妬いてんの
「ホンマ信じられへん」
「ん
「この俺が、男に︙︙工藤に、こんな」
「︙︙」

 長いキスの後、平次はゆっくり口唇を離す。
 この甘い感覚が未だ不思議らしい。

 ︙︙新一は少し目を細め、眼前の形のいい額をデコピンした。

「な、何すんねん
「いいんじゃねえの 気持ちいいし」
「そ︙︙そんなモンか」
「お前の場合は雰囲気に流されちまったってのは有るかもな︙︙あの事件、ちょっと特殊だったし。けど、俺にとっちゃラッキーだ」
「ラッキー
「まさか、ここまで俺に骨抜きになってくれるとは思わなかった」

 極上の微笑。
 少し下からの、目線。

 その威力に平次はまた、心臓が高く跳ね上がる。
 そして。

 ︙︙改めて、工藤新一は本当に綺麗だと思った。

 


 

「︙︙っくしょい

 やがてまた、彼のくしゃみひとつ。

「やっぱ風邪ちゃうんか
「んー ヤバイかもな」
「あ コラ、お前しかも裸足やんけ
「るっせーなあ︙︙っくしゅ
「工藤 ええからさっさとはいて来い
「︙︙はいはい」

 それは五月。
 桜も終わった、肌寒い夜更け。

 数年前の桜から始まった︙︙夢の、つづき。
 そして。

「一番信じられねーのは、俺だっつの︙︙」

 ぺたぺたと階段を上る音と共に。
 新一が顔を赤くしながら呟くのを、平次は知らない。

 

[了]

 

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