イフ

 

 誰か呼んでる︙︙

 あれ?
 ︙︙俺、なんでここにいるんだっけ︙︙

 


 

「ちょっと、新一ってば
「︙︙あ
「課題の資料、一緒に集めようって言ってたでしょ。みんな待ってるよ?」
「資料︙︙」

 天気の良い、お昼時。
 大学の敷地内にあるベンチの上で、うたた寝をしていた影。

 ひとりの女性がそれに話し掛ける。

「何の
「やだ寝ぼけてんの って、あ、あれ 新一︙︙じゃない︙︙
「うん、シンイチクンじゃないかも」
「ご、ごめんなさい

 にっこりと微笑わらうその表情。
 女性は後ずさり一礼すると、途端に走り去っていった。

 ︙︙影は、ふうと息をつく。

「結構可愛いかったな︙︙彼女︙︙だな、ありゃ」
「黒羽君」
「おー白馬。遅っせーぞ」

 後の校舎の方から声がして、「クロバ」と呼ばれた影はその方向へ顔を向ける。
 すると、走ってくる長身の人物が見えた。

 黒羽快斗  クロバカイト

 高校を卒業してから、父親から受け継がれた高いIQと奇術師としての才を如何なく発揮。
 そのルックスも売りとなって、日本だけでなく世界各国で公演を行う、若きマジシャン『KAITO』。

 そして白馬探ハクバサグル

 大学へ進学しつつ、年の殆どを姉妹校であるロンドン分校で過ごす警視総監のひとり息子。
 学生でもない快斗が、のんびりとこのベンチで寝こけていたのは探を待っていたからだ。

 眠たげな目をこすり、欠伸あくびする。

「お前待ってるうちに三人からナンパされちまった」
「それはそれは」
「︙︙で、また『工藤』に間違えられた」
「その様だね」

 さして驚きもしないのは、何度かある場面だったから。

 『工藤新一クドウシンイチ

 この白馬と同じ大学に通う有名な人物。
 数々の難事件を解決しているその『探偵』と、よく間違われる事が。

「そんなに似てると思わねえけどな︙︙」
「仕方ないさ。君と彼は『同じ』なんだから」
「は
「機会があれば紹介したいんだけど、どうもタイミングが合わなくてね」

 それじゃ行こうかと探は食堂の方へ視線を向ける。
 快斗は立ち上がり、その言葉に怪訝な顔をした。

 


 

「あれ? 工藤君」
「!」
「白馬。ここで会うの珍しいな」

 食堂へ向かう途中。
 探と快斗がすれ違いそうになったのは、噂をすれば何とやらの彼。

 初めて見る『ナマ』の工藤新一に、快斗は少し緊張する。

「この友人と待ち合わせしてまして。これから昼食なんです」
「そうか」

 紹介され、互いに軽く会釈する。
 そしていつもと違う新一の様子に、探はすぐ気付いた。

「工藤君こそ、随分と疲れているようですが︙︙」
「ちょっと調べもん終わんなくて徹夜でさ︙︙疲れたっつーか眠い︙︙」

 ここは食堂へ行く途中の、図書館前。
 長いこと文字を追っていたのか、眼鏡の奥にある目は今にも閉じそうだ。

「ちょうどいい。一緒に食事、行きませんか
「え!?

 つい快斗は変な声を出す。

「メシか︙︙そういえば昨日からロクに食ってねえ︙︙つうか、食ったらもう寝ちまう気しかしねえけど︙︙」

 知ってはいるし、間違われたことも幾度となくあるが、その本人に会ったことはなく。
 共通の友人であるこの白馬探に、そのうち会わせたいとさっきも言われてはいたが︙︙

 まさかの今かよ。

 と、心の中で快斗はツッコむ。
 しかし。

 ︙︙その当の本人は、探の隣にいる自分に、さして興味も示さず。
 ただ、ぼんやりと受け答えしていた。

 あれ。
 メディアで見て想像してた『工藤』とちょっと違うぞ︙︙

 その時、快斗が『はた』と思い出した。

「︙︙そう言えばさっき、アンタの事探してるオンナ、いたんだけど」
「女
「課題の資料がどうのこうの︙︙言ってた」
「あ︙︙そういや忘れてた」

 これまた『ぼんやり』言われ拍子抜けする。
 その姿に快斗はつい、苛立った。

「あのさあ、別に俺が言う事じゃねーけどさ。そんなんで良いワケ 約束してたんだろ
「く、黒羽君
「行けないなら約束なんて、すんじゃねえよ」

 初対面の相手を睨み付ける快斗。
 探は突然の状況に唖然とし、新一は瞳を見開いた。

「︙︙白馬。り、俺帰るわ」
「え、ちょっと」

 そう吐き捨て、快斗は背を向け歩き出す。
 しかし直後、腕を掴まれた。

「!」
「待ってくれ、ごめん」

 ︙︙新一だ。

「俺に謝ることじゃねえだろ」
「そうだけど、ごめん」
「︙︙」

 昨日の夜から、新一は一睡もしていなかった。

 夜遅くの帰り道、例の如く事件に遭遇。
 それが久々に難解な事件で。

 どうやら過去の件もいくつか絡んでいるらしく、それを調べるのに夜通しずっと資料を読み込み漁り。
 朝になって、この図書館にある文献を見るために大学構内まで来た。

 だからつい、蘭との約束を忘れてしまっていた。
 ︙︙けど、それは結局『言い訳』だから新一は言わない。

「気、悪くさせてごめん︙︙白馬と約束してたんだろ」
「︙︙まあ」
「俺が遠慮する。じゃ」
「え、ちょっと」

 ぐううう。

 その時、耳に届いたのは︙︙

「︙︙」
「腹︙︙減ってんだろ。いいよ、一緒に食おうぜ」
「そうですよ。行きましょう」
「いや、けど」

 空腹は、認識すると鳴ってしまうもの。
 あまりのタイミングの悪さに、新一は耳まで真っ赤になっていた。

「平気で約束破るような奴には見えねえし︙︙何かあったんだろ。俺の方こそ悪かったよ。理由も聞かずに、ついカッとなって」
「え、い、いや」

 素直に頭を快斗は下げる。
 新一はどうにも、続きの言葉が出てこない。

 探は微笑わらった。

「何だよ白馬︙︙」
「工藤君も黒羽君も、やっぱり『同じ』だなあと思って」
「は
「じゃあ行きましょう。また鳴りますよ? 工藤君」

 言われ、つい新一は腹を押さえる。
 丸一日の空腹感に勝てるはずもなく、ひとまず蘭への謝罪の電話をした後、新一はそのまま二人に付いて行った。

 


 

「黒羽って、アイツと気、合うかも」
「あいつ
「確かに。お節介な所は似てるかも」
「︙︙それ、俺んことちゃうやろな」

 昼食後、それぞれの自己紹介も終った窓際のカフェテラス。
 のんびり時間を過ごす彼らの元に現れたのは、服部平次ハットリヘイジ

 今回の件で、新一が大阪から呼んだもうひとりの探偵。
 彼も、メディアで知ってはいたが、快斗が会ったことのない探の友人だった。

 ふーん︙︙これがハットリヘイジか。
 ホントに色黒いな。

 加えてこの関西弁。
 知り合いにいないタイプだから、快斗はつい目で追ってしまう。

「来た来た。お前いま何時だと思ってやがんだ、遅え」
「アホ。これでも超特急やぞ、どっから来とる思てんねん」
「とにかく座って、まずは珈琲でも飲みましょう」
「ん? 工藤と同じ顔︙︙?」

 空いてる席に座ると、正面に見知らぬ顔。
 見知らぬ︙︙なのに、知ってる顔で、平次はしばし時が止まる。

「ドーモ。俺、黒羽快斗」
「あ。ども、俺は服部平次や︙︙て、クロバカイト︙︙え? あの『KAITO』!? マジシャンやっとる奴やんな?」
「げ、ちょ、シー!! お前声でけえな!」
「︙︙ほー。日常は平穏に過ごしたいから、表舞台ん時は髪の色も目の色も、ついでに姿も声も変えて、世界飛び回っとるワケか」
「うっわー︙︙探偵って、どいつもこいつも妙に聡くてヤダヤダ」

 黒羽快斗は、新一たちとはまた違った有名人。
 けれど『マジシャン』としての彼は、父親から譲り受けた変装術を使い『違う人KAITO』になっている。

 だから、こうして堂々と素顔で出歩くことが出来ていた。

 けれど。
 耳まで変装してるのに、ここの三人にはすぐに見破られた︙︙

「こんなにすぐバレるなんて︙︙俺もまだまだかあ」
「探偵揃っとんやぞ。当たり前や」

 自身の珈琲コーヒーを買って来た平次が、席に再度着く。
 どうやら新一にもすぐ見破られてしまったようで、少しショックを受けているようだ。

「デビューして二年、まだ世間は騙せてるんだから、君が何か失敗でもしない限り平気だろ」
「そうそう。別に、泥棒とか犯罪者にでもならない限り、俺たちがどうかする事でもないしな」
「え~ そんな世界線だったら、俺すっげー困るじゃん。四人のうち三人探偵って、淋しくね?」
「それよか、俺の周りに工藤とおんなし顔が三人存在しとる事の方が怖いわ」
「へえ︙︙三人目がいるんですか。興味深いな」
「俺も話には聞いてるけど、会ったことないんだよな」

 探が珍しく食いついてきた。
 けれど、平次は『せやけどなあ』と乗り気ではない。

「似とるのは顔だけで、ちょおアホやからなあアイツ」
「え? この顔でアホとかあるの?」
「そう思うやろ? それがなあ、あるんやで。剣道はごっつ上手いんやけど」
「逆にぜひとも会ってみたい案件だ」

 

 穏やかな昼下がり。
 ︙︙そうして四人の初会合は続いていく。

 この光景が、やがて当たり前となってゆくのは、言うまでもない。

 


 

「︙︙ぼっちゃま、快斗ぼっちゃま!」
「んー︙︙」

 

 誰か呼んでる︙︙

 あれ?
 ︙︙俺、なんでここにいるんだっけ︙︙

 

「熱もまだ下がってないのに、無理をされては︙︙」
「︙︙寺井じいちゃん」
「もうすぐ着きます。無理そうでしたら、私が代わりに」

 心地良い振動と、流れる景色。
 窓から見える月で、ここは何処かに向かっている車の中だと知る。

 そうして瞬間、思い出す。

 自分は黒羽快斗。
 高校二年生で、父親の死の真相を確かめるため『怪盗キッド』として夜空を駆ける罪人だと言うことを。

 今から、とある宝石を盗みに行くということも。

「大丈夫。これくらい、どってことないって」
「本当ですか︙︙?」
「予告状は出しちまってるし。何より、名探偵も来てるみてえだしな」

 通り過ぎる群衆の中に、幾度となく対した子どもの姿を確認する。
 本来は、自分と同じ高校二年の探偵だ。

 ︙︙衝撃だったな。
 アイツが『工藤新一』って知った時は︙︙

 

 車に乗って、ここまでの十数分に夢を見た。 

 ︙︙熱が上がってきたかな。

 ものすごく幸せな夢だった気がして、なんか涙腺がやばい︙︙

 今から仕事だっつーのに、どうした俺。

 

「ぼっちゃま。解熱剤です、こちら飲んで、早めのお帰りを」
「サンキュ︙︙確かにヤバそうだから、さっさと終わらせてくる」
「では予定通り、例の場所で待っております」

 薬を受け取り水で流し込むと、快斗は車を降り暗闇に消えて行く。

 怪盗キッド。
 彼は今日も、月夜に目的の宝石を探し︙︙その姿を人々の目に焼き付けていた。

 


 

 夢は夢。
 現実は今、この寒空の世界。

 

 なあ、名探偵。

 

 お前が小さくなってなくて。
 俺もキッドになってなかったら︙︙

 

 俺たち、いつか何処どこかで出会ってさ。

 友だちとか、なってたかな?

 

 

[了]

 

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