探偵たちの休息
「マジであり得ねえっつうの︙︙」
世の中暑すぎる。
暑いだけならまだしも、なんなんだこの湿度は︙︙
梅雨だから湿気は仕方ない。
だけど、だ。
六月、雨の最終日。
工藤新一は、とあるロングラン公演中のハリー・ポッターの舞台を観に、茹だる暑さの中ここ赤坂へ来ていた。
「おー。予想通りの不機嫌ヅラやな」
「︙︙さすがの俺も天候は操作できねえ」
四月あたりから夏日は当然のようにあり、夜との気温差が十度以上あるのが通常運転な昨今。
六月になってから梅雨も加わり、日本は今一年で最も不快な季節に突入していた。
「俺も、この蒸し暑さはアカンわ」
「六月なら雨でも気温は低いと思ってたんだけど︙︙ここ数年の異常気象、舐めてた」
駅を出て劇場手前の階段下。
あまりの暑さに自販機で缶珈琲を買い、ひと息に飲んでいる所に服部平次がやって来て声を掛ける。
現在、十一時。
開演時刻まであと三十分ほど。
「マスク外せるようになった言うても、そうも行かんし?」
「お前もだろ」
「俺は東京じゃ割と平気や」
「︙︙じゃあマスクも眼鏡も外せよ」
「アホ。工藤と一緒やとアカンのじゃ」
関西じゃ名が知られているが、東京では自分だけで行動している分には余程の事がない限り気付かれる事はない。
けれど工藤新一と一緒の絵になると、途端に身バレするから行動しにくい。
それほど『工藤新一』は、強力なブランドだ。
「そりゃ悪かったな」
笑う気力もなく無表情のまま、珈琲を飲み干す新一。
マスクを戻しバケットハットも目深に直す。
さすがに眼鏡は暑かったのでしていないようだ。
頭の小さい新一は、これで完全に顔が隠れた。
探偵の『工藤新一』はスーツ姿が多い。
だから今日などプライベートな時は、オーバーシャツにゆったりカーゴパンツな姿で、顔を隠し過ごすことが多い。
逆に平次はラフな格好が多いので、普段着ない綺麗目な装いをして、色黒も目立たないように長袖で来たのだが︙︙
予想以上の湿度と雨に、暑さには慣れている筈の自分も辟易していた。
「開場までまだ時間あるし、ちょおそこの建物ん中、入ろうや」
「おう」
「雨、強なってきてるやん︙︙工藤、傘持ってきとる?」
「お前が持ってくると思ってたんだけど」
「︙︙」
大阪は晴れてたし、荷物の中に傘を入れて来なかったので、まあ酷い時は現地で買えばいいやと思っていた平次。
しかし新一はさほど遠くない場所に住んでいて、来るときも雨が降っていたと思われるのだが︙︙
深く考えても雨が止む訳でもないので、二人ははひとまず雨宿り出来そうなその場所へ入った。
「しっかし工藤に舞台とか、誘われる日が来るとは思わんかったわ。好きやったっけ?」
「前のクライアントが、この舞台の関係者でさ。招待された」
「ほー。せやったら毛利のねーちゃん、誘えば良かったやん」
「誘ったよ。けどもう園子と観たって言われてさ︙︙そういやこの日、確かお前が東京にいるなって思い出したから」
涼しい施設内で数分。
汗が引き、新一の喋る気力も戻って来たらしく、饒舌に言葉を返してくる。
座れる場所がないので、二人で壁により掛かる。
店に入る時間もないし、そもそも予約してないから目の前にある世界観そのままのカフェにも入れない。
けどテイクアウト商品があるらしく、平次は緑と赤の模様のボトルドリンクを買ってきて、ひとつを新一に渡した。
「俺はさっき飲んだから良いのに」
「こーゆうのは記念やろ?」
「そうか。サンキュ」
涼しさは、新一に気力ばかりか素直さも与えてくれるらしい。
目元しか見えないが、微笑んでドリンクを受け取ったのが分かる。
その滅多に感じれない雰囲気に、平次の口元もマスクの中で、少し緩んだ。
雨はまだ止まない。
湿気も、収まる気配はない。
けれど。
事件以外で会うのも、やっぱり楽しいと思う二人。
今日は休日。
忙しい探偵たちが、久しぶりに語らう休息の日。
[了]
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