みどりの日の君へ

 

「あーそうか︙︙」
「ん
「今年から、今日って祝日になったんだっけ」

 天気の良い朝。
 ゴールデンウイークも後半となる、五月四日。

 朝のニュース番組を見ながら新一は呟いた。

「せやなあ。今までは『休日』やし」
「まあ休みは休みだけどさ。自分の誕生日の呼び方が変わったってのは、変な感じだ」
「確かに」

 笑いながら珈琲カップを渡す服部平次。
 連休を利用して、この工藤邸に遊びに来ている同い年の青年。

 昨日、突然現れた。
 独特の喋りは関西人の証。

 新一は、このゆるやかな彼の物言いが結構気に入っている。

「今日は本当に暑いな。お前、アイスの方が良かったら冷蔵庫にあるぜ」
「そらおおきに」
「予告もなく来やがって︙︙まあ、俺も暇だったから助かったけど」
「ほー。蘭ちゃんおらんのか」
「け、稽古の日なんだよ」

 毛利蘭。
 彼女が話題になると、途端にうろたえる新一が面白い。

 平次は意地の悪い笑みを浮かべると、手元のカップを一気に飲み干した。

「残念やなあ。今日は、手料理に手作りケーキ、食える思て楽しみにしとったのに」
「そんなに食いたかったらお前が作りやがれ」
「そー言われる思たし、ほれ」
「え

 声が背後に移動したと思ったら、甘いにおいがした。
 新一が驚き振り向く。

 すると、ホールケーキが視界に入った。

「味見してへんから味は保証せえへんけど」
「わざわざ作ったのか え お前が
「和葉が最近、菓子作りに凝っとってなあ。付き合わされとるうちに覚えてもうた。役に立つもんやな」
「︙︙」
「後はそろそろ︙︙お、きたきた。工藤、玄関」
「へ

 テーブルの上にそれを乗せた時、インターホンが鳴り響く。
 待ちかねた様に平次が呟くと新一を促した。

 訳が解らないが、とりあえず言われたとおりに玄関へ急ぐ。
 『宅急便でーす』という男の声に、ハンコを手に扉を開けた。

 


 

「おー。やっぱデカイな、箱」
「︙︙何コレ」
「まあ開けてみ って、俺も実物見んの初めてなんやけど」

 新一が戻ってくる。
 手に、白い箱を持っていた。

 差出人は『服部平次』

「︙︙もしかして」
「誕生日プレゼント。って男同士でサブイけど、ネットでオモロイの見つけてん」
「へ、へえ」
「ま。はよ開けてや」

 笑顔が引きつる新一。
 まあ、普通に考えたら当然だ。

 ケーキ作るはプレゼントはくれるわ︙︙
 普通の友人らしからぬ行動に、つい声も裏返った。

 ︙︙そうして開けた中にあったのは。

「すげー︙︙」
「お。思ったより綺麗やな」

 青い地球の、サッカーボールだった。

 


 

「気に入ったか」
「ああ︙︙綺麗だな」
「せやろ。一目見て、ああこら工藤やなと思た」
「コレ︙︙衛星写真使ってんだ。へえ︙︙」

 それは地球の衛星画像をサッカーボールに印刷したものだった。
 言うなれば、地球儀のサッカーボール版だ。

 実際の写真が使われているらしく、リアルさはかなりのもの。
 ボール自体も規格の号球だったから、新一は素直に感動していた。

 ︙︙その表情に、平次は満足する。

「よっしゃ。んじゃ、もっかい珈琲入れてくるわ。ケーキ食お」
「ありがとな服部」
「おう。スタンドも付いとるみたいやし、まあ蹴ってもええけど飾っといて」
「︙︙ああ」
「ホレ。箱とか片づけんと、皿置けへんで」

 自分を見る目がとてつもなく柔らかい。
 だから、新一は驚く。

 ︙︙あり得ないとは思うが一応聞いてみた。

「なあ服部」
「んー」
「お前、俺のこと好きなの
「おう。好きやな」
「︙︙あ、そうなんだ」

 普通に肯定され、拍子抜けする。
 立ち上がり平次はキッチンへ向かった。

 その後ろ姿に、新一は小さく息をつく。

 ︙︙最初からそうだったけど。
 ほんっと、掴めねえヤロウだ︙︙

「ショコラやけど、甘さは抑えとるで」
「へえ。うまそう」
「珈琲は濃いめやったな」
「︙︙良い嫁さんになりそうだな服部」
「アホか。今日は特別や」

 切り分けたケーキ。
 そして珈琲を持ってきた平次の手際の良さに、新一が感心する。

 その時、再び玄関のインターホンが鳴り響いた。

「お、来た来た」
「え
「勝手にスマンな。ちょお、呼んどいた」
「︙︙誰を

 時は十一時になったばかり。
 平次は『時間通りで結構な事や』と呟くと、その疑問に返答せずリビングを出た。

 聞こえてきたのは、覚えのある声。

「やっほー しんいちー
「︙︙快斗
「お邪魔します」
「と、白馬も︙︙何で
「うっわ服部、お前マジでコレ作ったの やるなあ」
「はい。工藤君、誕生日おめでとうございます」

 黒羽快斗に、白馬探。
 どちらも同じ大学に通う同い年の友人だ。

 二人とも両手に抱えきれないほどの荷物。
 それらを、新一に渡す。

「そりゃ来るでしょ。新一の誕生日に、他の予定入れないって」
「︙︙」
「うわ、何これサッカーボール
「へえ。君にしては良いセンスじゃないか」
「どーゆう意味やねん」

 ︙︙そうして途端に賑やかに。

 新一を、笑い声が包んだ。

 


 

『今年は、ひとりでゆっくり過ごすさ』

 今年の春。
 新一が、こんな言葉を言っていた。

 いつもなら、自分がロスの両親の元へ行ったり。
 両親が日本へ帰ってきたりしていたのだが。

 今年はどちらの都合も合わないんだと、電話で笑いながら話していた。
 幼なじみの蘭も今年はいない。

 ︙︙だから平次は彼らに声をかけた。

 まあ。
 今まで何年もひとり暮らしをしているのだから、こんなことは勝手な思い込みだけど︙︙

 誕生日に家にひとりっていうのは。
 やっぱり︙︙

「今度は俺の誕生日にもこうして騒ごうぜ。六月二十一日、忘れんなよ
「また男四人でか なんか淋しくねえ
「ええやん。オンナ居ったら気い使わなアカンし」
「それは確かに」

 平次が大阪に住んではいるが。
 新一の元へ遊びに来る時は、必ずこの四人で集まった。

 その華やかさはまさに『』で。
 俺たち、こいつらに負けてないじゃん なんて。

 ドラマを見ながら、快斗が笑いながら言っていたのを平次は思い出す。

「それにしても、このケーキうめえな︙︙服部お前、どんだけ器用なんだよ」
「レシピ通りに作っただけやけど」
「俺ん時も宜しくな。あと白馬、お前も最高級のワイン用意しとけよ
「︙︙君ねえ」

 そんな彼らの休日。
 ゴールデンウイークは、まだまだ終わらない。

 

[了]

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