卯月の終わりに
ゴールデンウイークが迫った四月のある日の朝。
一通のメールが新一を起こした。
「︙︙快斗。なんだ朝っぱらから」
『寝てた所悪いけどさ。天気も良いんだし遊びに行かね?』
「面倒くせえ︙︙」
『最近、カラダ動かしてねえだろ。たまにはパーっと、ミラクルランドでさ』
「ミラクルランド?」
寝たまま携帯で話していた新一。
天井を見つめたまま、ある事を思い出す。
︙︙数年前に、蘭や和葉。
それに子供たちを人質に取られ、探偵たちを巻き込んだ事件だ。
別にあれからあの場所で遊べなくなったとか。
そんな事は、別にないけれど。
今でもゲートをくぐるときは︙︙
少し、緊張する。
『な?』
「だけどなあ︙︙男二人で行っても空しくねえか」
『そう? 俺は別に気にしないけど』
「俺もヒトのこと言えねえけど、連れてく女の子とかいねえのかよ」
『いなくはないけどさ。今日は新一と遊びたい気分なんだよ。つうか、女の子一緒だと気い使わなきゃいけないし、疲れんだよねえ』
「︙︙まあ、それには同意するけど」
そう。
別に、快斗も新一も女の子に困っている訳でも何でもない。
互いに『友達以上、恋人未満』な女の子は存在するし、ただ今は別の大学に進んでいるので滅多に会えないでいるだけだ。
告白もタイミングがずれたまま今日に至っている。
それに、幼なじみの期間が長すぎると今更恥ずかしいという気持ちもある。
こんなのは自分だけだろうと新一は思っていた。
しかし、ある日快斗に聞いてみると、自分も同じような状況だと言っていたので『変なところまで似てるんだなあ』と苦笑したものだ。
彼女たちならば、気心が知れてるし小さい頃から一緒だったから、何の気も遣うことなく時を過ごせる。
しかし大学で一緒だというだけの女の子達は、気軽に誘えはしない。
なんと言っても全学年通して、新一と快斗は有名なユニットだ。
個々でも存在感は半端じゃないのに、それが一緒となると相乗効果で更に違う空気を醸し出す。
だから、学内問わず近隣の学校から押しかけるファンも多い。
こちらは友達のつもりで接しても、彼女たちの大半はそうは思ってはくれない。
高校の頃までは普通に過ごせたのになあ。
なーんで、こうも周りが騒ぐかな︙︙
『︙︙おい新一! お前、いま俺と電話してんのか解ってる?』
「え? あ、ああ悪い。ボーっとしてた」
『そだ。なら隣の志保ちゃん連れて来たらどーよ』
「宮野?」
『そうそう、なら、男二人で寂しいなんて事もないじゃんか。な?』
「快斗︙︙お前、最初っからそれ狙いだろ」
『やっと解った?』
布団の中で新一が息を付く。
窓から見える景色は、綺麗な青空。
そういえば宮野がいた。
新一と同じく、身体を小さくされていた時の名前が灰原哀。
今は宮野志保。
新一達よりもひとつ年上の、これまた美人なお隣さんが。
︙︙彼女もまた、気を使わずに済む人間のひとりだった。
「解った。けど、期待すんなよ」
『期待してる。んじゃ、後で』
「まったくお前は︙︙」
小さく息を付く。
やれやれと思いながら、身体を起こす。
そうして窓を開けた。
︙︙今日は風、強くねえな。
関東地方は、今年いやに風が強い。
けれども今日は久しぶりに凪いでいるらしい。
軽く伸びをして、着替えを始めた。
ヨーグルトと牛乳。
朝の定番メニューを終えると、受話器を取った。
隣の阿笠博士のメモリを押す。
『はい、阿笠です』
「宮野?」
『あら工藤君。おはよう』
「ちょうど良かった。今日さ、何か予定あるか」
『あると言えばあるかしら︙︙ある人が来てるんだけど、博士が出かけてて、帰ってくるの待たなきゃいけないから』
「ある人?」
受話器を肩にはさみながら、珈琲ポットからカップに中身を移す。
その時少しだけ手に跳ね、あちちと新一は声を出した。
『なんて言ったかしら。ほら、関西弁の色の黒い人』
『ねーちゃん、なんべんも俺の名前言うたやろ!』
「は︙︙服部?」
『おー工藤、久しぶりやな』
「お前、な、何でそこにいるんだよ?」
『何でて︙︙そら、用事あるからに決まっとるやんけ。オヤジが阿笠の博士に何か頼んどるみたいで、それ受け取りに来とんねん』
新一はつい変な声を出す。
それも仕方あるまい。
本来ならば大阪に生息している筈の服部平次が、東京の、それも朝っぱらから宮野志保の家にいるからだ。
︙︙まあ正確に言うと。
志保の家ではなく、阿笠博士の家なのだが。
「こんな朝っぱらからか」
『なに怒っとんねん。そーいやこのねーちゃんに用ある言うてたな︙︙毛利のねーちゃん居るのに別のオンナ、デートに誘うたらアカンで』
「うるせえな、蘭は今日試合なんだよ。つうかテメエこそひとりで来てんのか? 和葉ちゃんいねえのか?」
『そんないっつも一緒にいるわけないやろ。なんや、フタコト目には和葉、和葉て』
『︙︙ちょっと、変わってくれない?』
『あ、スマンなつい、ほい』
いつもの調子で平次が話していると、横から志保が手を出して来たのだろう。
慌てて受話器を返す。
小さく息を付いた声が、聞こえてきた。
『で、何だったのかしら』
「ああ、あのさ︙︙天気もいいし、ミラクルランドでも行かないかって、快斗が」
『カイト?』
「前に紹介しただろ。俺と同じような顔した奴」
『︙︙ああ、あの人』
『カイト? いまカイト言うたか? あの気にくわない奴がどうかしたんか?』
「外野うるせえぞ。そ、俺も一緒だけど。博士が帰ってきてからでいいからさ」
少しの間、沈黙が流れる。
でも志保を誘ったという時点で、その隣の平次の行動の予想が付いた。
『︙︙そうね。多分、この人も付いて来ると思うけどいいのかしら?』
「そいつは無視していいぞ」
『コラ工藤! 聞こえとるぞ』
「ホントうるさい。それじゃ宮野、電話待ってるからな」
『ええ、また後で』
『おえ工藤!』
受話器の奥でわめく声を、ボタンひとつで断ち切る。
新一は『ていっ』と電話の子機をソファに投げると、その横に深く沈み珈琲を飲み始めた。
「︙︙で? なんでコイツがここにいるわけ?」
「ボディーガードや。宮野のねーちゃんひとりやと、男どもが寄ってきてうっさいやろし」
「そ、ご苦労。ならもう帰っていいぜ」
「帰るかい。お前ら二人とねーちゃん達で楽しもなんて、そーはイカンのじゃボケ」
「私は別にいいけど。それに、アトラクションに乗るなら偶数の方が良いんじゃないかしら」
結局。
ミラクルランドの入場ゲート前に集合したのは、快斗、新一、そして志保と共に現れた平次。
予想通りの反応。
だから平次も、二人に向かって意地悪く微笑う。
その目線がまた高くなっているのに気付き、新一と快斗は共に舌打ちをした。
「マジでムカつくな︙︙あいつ、いま背、いくつだ?」
「俺も久しぶりだけど驚いた。白馬と、良い勝負じゃねえのか」
「志保ちゃんと似合いなだけに腹立つぜ」
「ま。宮野の方は相手にしてねえみたいだから、いいんじゃねえ?」
そう耳打ちする二人は、うらめしげに平次を見る。
シャツにジャケット。
そしてジーンズという何でもない服装なのに、やたらと格好良いのは体格のせいだろう。
︙︙更に大学生になって伸び続けているこの身長。
白馬が180をとうに越えているから、そのくらいか。
低くもないが高くもない新一と快斗だが、志保も女の子としては164と高め。
だから目の前の身長差は、とても理想的な絵だった。
「どないした。呆けくさって」
「︙︙しょーがねえな。ま、いっか」
「昼も過ぎてるし︙︙早くしないと時間なくなっちまうもんな」
「ほな行こか! 宮野のねーちゃんも急ぐで」
「そうね」
そうして平次は入場券売り場へと歩き出す。
何はともあれ、にぎやかで楽しくなりそうだ。
︙︙そう思い新一は微笑った。
四月某日、ミラクルランド。
個々でも有名な彼らが揃って現れたこの会場は、案の定。
︙︙隠しきれないオーラのお陰でファンに見つけられ、一時騒然となったのは言うまでもない。
[了]
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