八月の長い夜

 

「ヤベエって外。息できねえ」
「今日は三十八度まで行く言うとったで︙︙」
「温度だけじゃなくて湿度どうなってやがんだ。梅雨終わってんだぞ? それに海上だから風も強えし」

 今日も、憎らしいくらいの青い空。
 日差しも半端じゃなく眩しいけど、怪しい色の入道雲も見える。

 夏休み真っ只中、車での外出。
 運転席の服部平次、助手席の黒羽快斗。

 そして後部座席の工藤新一ら三人は、揃ってサングラス越しに視線を窓の外に向け、快斗が買ってきたアイスを食べつつ何本目かのペットボトルで喉を潤していた。 

「トイレ行ってくる。それ寄こせ」
「お。さんきゅー」

 現在、東京湾アクアラインの海ほたるパーキングエリアで休憩中の彼ら。
 飲食後のゴミをまとめた袋を快斗から受け取り、新一は車を降りた。
 
 ︙︙その後ろ姿を目で追い、呟く。

「なあ服部。新一、どうしたんだよ」
「ん?
「何か知ってんだろ」

 目は合わせない。
 多分、平次の方も快斗を向いてはいない。

 事実、それぞれ窓から彼が消えた方向を見ていた。

 ︙︙最近、新一の様子がおかしい。

 傍目には何の変化もなく、いつものように物腰も柔らかな名探偵を演じている。しかし。
 明らかな雰囲気の変化を、快斗は感じていた。

「俺もよお知らん」
「ふーん︙︙」

 新一と『直接に』会ったのは、大学生になってからだ。
 ある日、大学の図書館で接触したのが始まり。

 東の名探偵、工藤新一。
 そして隣にいた西の服部平次。

 『怪盗キッド』として対峙していた時の『感覚』
 それと全く同じ『気配』

 ︙︙まさか同じ大学にいるなんて、思っていなかった。

 


 

「ホントに工藤新一だ︙︙」
「︙︙は?

 入学して最初の日だった。
 お昼時、やけに女子が騒がしいと思い聞き耳を立てていると、この学校にちょっと有名な二人が入ったという情報。
 
 へえ。二人ねえ︙︙
 と特に興味も示さずその場を去ろうとしたその時、聞いたのだ。

 『クドウクンとハットリクン、いま図書館にいるみたい。この大学入ったって噂、ホントだったんだね』と。

 だから快斗は確かめに来た。

 初めて対決した時は『子供』の姿。
 そのうち、その『子供らしからぬ行動力と言動』に興味を持って︙︙

 ある夏の日。
 あの『工藤新一』がその『子供』の正体だと知った。

 
 それから幾度となく対峙するうち、探偵と怪盗という相容れない関係の筈なのに︙︙何故か戦友のような、あるときは妙な懐かしさを覚えるようになり。

 『キッドの存在意義』が未解決だった件も重なり、そう言えば眠りの小五郎の噂も小さな探偵の姿も見なくなったなと気付いた、その時。

  ︙︙『工藤新一』復活のニュース記事を目にしたのだ。

 

 そうして図書館へ入り、遠巻きに見ている女の子達の方向へ進み、新一を見つけた。
 本人かどうか確認するだけだったのに、つい出た言葉は思った以上に響き、彼の耳に届いてしまったらしい。
 少し怪訝な顔と声を返される。

「あ。俺、クロバカイト。ごめん、こっちは勝手に知ってるからつい、呼び捨てにしちまった」
「︙︙」
「おったおった。おい工藤、そろそろ行かんと︙︙あ、すまん知り合いか」
「服部」

 その時、新一の背後から現れたのが関西弁の少年だ。
 そういやさっき『ふたり』がいるって言ってたな︙︙

「いや、こっちが急に声かけたんだ。引き留めて悪い。じゃ」

 何度も会っていたのは、お互い違う姿。
 『黒羽快斗』としては、一度もない。

 これじゃ有名人を呼び捨てして勝手に時間奪ったヤバイ奴じゃねえか︙︙

 そう気付き去ろうとした時、腕を掴まれた。

「待って」
!
「クロバくん、だっけ。LINE交換しようよ」
「え!?
「これから宜しく」

 そう言う至近距離の『工藤新一』は、どのメディアで見るよりも、過去の記憶よりも綺麗で。
 変装が必要ないくらい似ている筈なのに、自分とは確実に違うその表情に、快斗は改めて見惚れた。

 


 

 あれから一年。
 新一とはすぐに名前で呼び合うようになったが、関西の探偵とは『黒羽』と『服部』のまま。
 しかし東西の探偵同士も、互いをずっと苗字呼び。

 何故かと聞くと揃って『今さら気色悪い』と声を揃える。
 ︙︙快斗は、そんなふたりの関係を『なんか似てんなあ』と思っていた。

「お。新一戻ってきた」
「外、マジであり得ねえぐらい暑いぞ︙︙」
「ホンマ、この季節外で捜査とか、命に関わるで」

 その声を聴き『ほな行くか』とシートベルトを締めながら、思い出すのは平次。

 あの時も八月。
 本当に、暑く長い夏の日だった。

 


 

 気温が下がらない夜。

 真夏の剣道の練習は、本当にキツくて。
 早く家に帰ってシャワーを浴びたい一心で、平次は足を速めていた。

 その時スマホが鳴る。
 表示された名前を見て、目を見開いた。

「工藤!?
『よ。久しぶり』

 それは東の探偵である工藤新一。
 『コナン』ではない、変声機を通してない工藤新一の声だった。

 あらゆる問題が解決し、コナンから新一に戻れたと連絡があったのは先月のこと。
 アメリカで色々と調整し、晴れて本来のパスポートで帰国したと聞いたのが、つい先週だ。
 
「どや、久々の日本は」
『どうもこうも暑すぎだろ。それよりお前の母さん、ホント料理上手いな』
「は?

 瞬間、平次は固まる。
 いま何て言うた︙︙?

「工藤、まさか今︙︙」
『ん? お前んち』
『平次。工藤くん来てはるんやから、早う戻り?

 次に聞こえた母親の声。
 この怒濤の展開に、平次は『あと十分じゃ待っとれや!』と叫び走り出した。

 


 

「お帰り︙︙てか、すげえなその汗」
「そらもう、暑さちゅうか何ちゅうか」
「何だそれ」
「とにかく先に汗、流してくるわ」

 家に着き、食事中の新一と母親にそう告げ、平次は浴室へ向かう。
 シャワーを浴びながら改めて『ホンマに戻ったんやなあ』と先程の彼を思い出した。
 
 身体がスッキリした所で思い出す食欲。
 母親もいたので他愛のない話をした後、二人でアイスコーヒーを持ち自室へ向かう。

 部屋の扉をきちんと閉めたのを確認し、平次は口を開いた。

「そんで、どないした」

 ベッドを背に並び座る。
 付けておいた冷房の風が直接身体に当たらぬよう、リモコンで調整しながら。

「︙︙何かあると思うのか」
「用もないのに、わざわざ大阪の俺のとこ来るんか?」
「ま、そりゃそうか」

 目線を合わせない新一。
 コーヒーを口に含み、続ける。

「︙︙この身体さ。まだ完全に戻ったとは言えねえんだ。とりあえず今年の五月からは、この状態」
「ん?
「事の経緯を話すとな」
 
 APTX4869を飲まされ縮んだ身体。
 元の姿に戻ったことは何度かあったが、その姿を定着させるのはかなり困難で、アメリカに渡った後も幾度となく試薬が投与された。

 それは解毒薬を研究するひとり、灰原哀(元の名を宮野志保)も同じで。
 一緒に被験者としてFBIの協力のもと、この一年を過ごしてきた。

 最初は一週間。次に一ヶ月。
 続けて飲むのは身体への影響も考えて、間を最低一ヶ月おいた。

 そして、二ヶ月保てた時はさすがに成功したと誰もが思った。
 しかし。

 ︙︙ある冬の早朝、激痛で目が覚めた。

 それから再び改良を重ね、服用した試薬。
 まだ安心は出来ないが三ヶ月を過ぎていて、今のところ順調と言える。

「それて︙︙」
「またいつ子どもの姿になるか分からない」
「︙︙」
「あと灰原が言ってたんだけどな。俺たちもしかしたら︙︙このままどっちかの状態で、それ以降成長しないかもしれない」
!
「アメリカにいる間さ。髪も爪も、ほんと伸びなくて︙︙この件も含めて、あいつはアメリカで研究続けてる。俺は、待ってるだけの毎日も飽きたからさ。日本に帰ってきた」

 短期間に何度も、繰り返し伸縮を繰り返した細胞。
 変化した身体を保とうとしたそれが、逆にこれ以上の成長を止めようとしていることが分かった。
 
 高校生の身体に戻すことに成功しても、それ以上の成長が止まってしまったら︙︙きっと、長くはないだろう。
 
「︙︙工藤」
「この状況、お前には言っとこうと思って。後で知ったら怒るだろ?

 平次が目を見開いていた。
 戻る戻らないの話ではなく、生きられるかどうかだと悟った顔だ。

 予想通りの、反応。

「そんな顔するな。本当なら『コナン』にもならず、毒薬を飲まされた時点で死んでた︙︙生き延びた事がすでに奇跡だ。だから俺は諦めない。灰原たちも研究を続けてる。可能性は決してゼロじゃない」

 未来はどうなるか分からない。
 この件がなくても、命はいつか終わる。
 
 生あるものは必ず死あり。
 だから。

 ︙︙俺は毎日を、悔いなく生きる。
 そう、決めた。

「父さんたちも一緒に帰国したんだ。事情はもちろん知ってるし、また解毒薬が完成したら、送ってもらうか行くかする」

 日本に帰ると言ったら、案の定反対されたけど。
 最後には納得してくれた。

「︙︙そうか」
「まずは高校卒業して、東都大学。行こうと思って」
「ほー。なら俺も、そこ行くわ」
「え? お前関西の大学行くはずじゃ︙︙」
「せっかく知り合うたんやし、一緒のガッコ、行こうや」
「︙︙」
「楽しみやなあ」

 そういう平次は、満面の笑み。
 新一は僅かに表情を揺らすが、直ぐに笑顔を返した。
 

 その後二人は予定通り東都大学に合格。
 新一の身体も、あの時から一度も小さくなることなく、二年が過ぎた。

 けれど、例の副作用について未だ明るい知らせはない。

 


 

『なあ服部。新一、どうしたんだよ』
『ん?
『何か知ってんだろ』

 ︙︙言えるわけがない。
 自分の口からは、決して。

「あとどれくらいだ? 例のグランピング場所」
「順調にいけば三十分くらいやろ」
「マジで楽しみ。行ってみたかったんだよね」

 今回の話を聞いたのは快斗からだ。
 知り合いから千葉にあるグランピング施設への招待があったとの事で、一緒にどうかと誘われたのが、数日前。

 まあ、夏休みも終盤で暇を持て余していたし。
 新一も平次も、キャンプは行ったことがあるがグランピングは未経験だったので快諾。

 そして昼過ぎ、車を飛ばしてきたのだ。

「あれ? 雨だ」
「晴れてんのにゲリラ多いなあホンマ」
「︙︙雨か」

 ふと。
 新一は、横の硝子に映る自分を見る。

 そういや、怪盗キッドが俺を助けてくれたのはこんな雨の日。
 幼なじみの毛利蘭に、もう本当のことを話すしかないと覚悟した夏の日。

 ︙︙まさかあの怪盗キッドが、同い年で同じ大学にいるとは思わなかった。

『あ。俺、クロバカイト。ごめん、こっちは勝手に知ってるからつい、呼び捨てにしちまった』
『︙︙』

 俺の顔して、俺じゃなかった。
 すぐに分かった。『怪盗キッド』本人だと。

 自分がアメリカに行ってからも情報は仕入れていたが、どうしてかキッドは暫く姿を現していないようで。
 ︙︙こうして知り合ってからも、キッドと対峙したことがない。

「あ。雨止んだ」

 さっきまでの大雨が嘘のような日差し。
 けれど、あちらこちらに黒い雲が点在しているから、いつまた降り出すか分からない。

 本当に夏が早く終わって欲しい︙︙新一は大きく息を吐く。
 外は茹だるような暑さだろうけど、ここは涼しくて車の定期的な振動も眠りを誘う。

 そうしてそのまま、暫く眠った。

 


 

「︙︙しんいち、新一、おーい!」
「ん︙︙あ、寝てた」
「着いたで」

 揺すられ目を覚ました新一。
 いつの間にか、目的地に着いていたようだ。

 目をこすりながら大きく欠伸あくびする。

「おー、海だ」
「西日がちょお眩しけど、景色ええな」

 ナビが到着を告げた先に現れたのは、海辺のグランピングリゾート施設。関東最大級と言われるだけあって、圧巻だ。

「ええと。ドーム型のグランピングとアウトドアヴィラタイプがあって、俺たちが向かうのは︙︙ああもう面倒くせえ、電話しよ」

 そう言いながら快斗はスマホを取り出し、耳に当てる。
 やがて出てきた名前に、二人は目を見開いた。

「もしもし白馬? 着いたけどお前どこ?

 


 

「︙︙快斗、いま何て言った?
「ん?
「は︙︙くば?
「あれ? 知ってるよな、白馬探はくばさぐる。イギリス育ちの警視総監の息子」

 会話を終わらせ『一番奥のヴィラだってさ』と告げる快斗。
 しかし次に、平次が声を出した。

「そうやのうて、何でお前が白馬知っとんねん!
「だって高校の同級生だし」
「同級生!?
「一時期、日本にいた時にな。久々に帰ってきてるって聞いてお前らのこと話したら、ここ誘われたって訳」

 新一と平次は、もちろん彼のことは知っている。
 基本、日本にいないので接点もなかったが︙︙まさか快斗と高校が同じで同級生だったとは。

 しかもこの感じは、普通に仲の良い『友だち』︙︙?
 確か白馬は『キッド』を追ってた筈。

 あいつが、気付いてないとは思えない︙︙

 疑問は残るが、今考えても仕方ない。
 同じ考えに至った二人だが、ふと我に返り、今日の招待者の元へと再び車を走らせた。

 


 

 奥の建物が二つあったが、片方にMINIのクロスオーバーが停めてあり、平次は『あそこやな』と直感で思う。
 案の定、こちらの車が近付くと運転席から白馬探が現れた。

「やっほー白馬」
「お久しぶりです。それに︙︙工藤くん服部くん、急な誘いをしてしまって申し訳ありません」
「いや、来てみたかったし、こっちこそ感謝だ。それより驚いた」
「せやな。まさか黒羽と仲良ええとは」

 荷物を下ろしながら、弾む会話。
 夕方だと言うのに収まらない熱気に、足早にヴィレの中へ入った。

「そんなに意外か? 俺と白馬の組み合わせ」
「まあ交友関係なんて、聞かれなければ自分から言うものでもないでしょう」
「確かにそやな」
「つーかすげえなココ。温泉にプールまで付いてんのかよ」

 想像以上の豪華な空間に、今日一番テンションが上がる新一。
 それと言うのもグランピングと聞いて、あのドーム型テントを思い浮かべていて、確かにその施設もあるけれど。
 ここはプライベートヴィラと呼ばれ、プールや温泉の他、風呂やトイレも完備する八名まで泊まれる部屋になっていた。

 去年出来たばかりのここに、二泊三日。
 朝晩の食事も全て付くプランで、アメニティなども充実しているから、彼らが持参したのは衣服や必需品くらいだ。

「暑いし、とりあえず泳ごうぜ」
「そうですね。水着は用意しておきましたので、どうぞ」
「何から何までありがとうな、白馬」
「いえ」
「これから宜しく」

 快斗との初対面と同様の言葉を、新一は紡ぐ。
 そして改めて見る至近距離の『工藤新一』に感嘆かんたんしつつも、探はある確信を持った。

 


 

 プールでひと泳ぎした後、地元野菜や肉、魚介類のバーベキューを楽しんだ四人。
 雨もすっかり上がり星も綺麗に見え始めたが、気温があまり下がらなかったので建物内へ移動。

 大きな窓が見える快適な気温のダイニングで、デザートを楽しむことにした。

 適度なアルコールと、いつもと違う空間。
 こんなに楽しい時間は久しぶりだ。

「そういや白馬、いつまでいるんだ?
「来月の頭には戻ります」
「へー。忙しいな」
「実は、工藤くんに確認したい事があって日本に来たんです」
「︙︙え?

 探の空気が変わる。
 どうしてか、快斗の様子も変だ。

 平次はトイレから戻ってきた所で、新一の隣に座り『どないした?』と視線を合わせる。

「確認︙︙?
「先日アメリカから来客があり、相談を受けました。ある薬について調べて欲しいと」
!
「名前は宮野志保。大変興味深い経験も伺いました」

 新一は驚きを隠せない。
 どうして、灰原が白馬に︙︙?

「彼女とは幼い頃に知り合ってまして。でも、しばらく連絡が取れなかったので心配していたんです。ですから久しぶりに会えた事には安堵しました」
「︙︙」
「白馬グループは日本とイギリスに研究施設を持っています。人の手は多い方がいい。︙︙彼女の事情も聞きました。重要な部分は僕しか知らないので安心してください」

 これはFBIも関わる重要機密。
 だが元々、灰原が発明した薬。

 再開発の進捗状況は良くないと聞いているから、方々手を尽くしているのだろう。本当に頭が上がらない。

「そうか︙︙あいつが頼るなら、お前は信頼できる人間だって認めてるんだな」

 今の話に『工藤新一』は出ていない。
 きっと、彼女もそこは考えて相談しに行ったのだろう。俺に迷惑がかからないように。

 でも白馬は気付いてる。だからここに来た。

「︙︙新一も同じなのか」
「え?
「今の話で分かった。最近の違和感の正体」

 その時、ずっと俯いていた快斗が口を開く。

 濡れて乾き切れてない髪の毛。
 二週間ほど会わない間に、また伸びてる気がする。
 
「︙︙だから白馬、呼んだのか」
「相談内容は聞いてない。でも俺は彼女を知ってる︙︙宮野志保。いや『灰原哀』と名乗ってた少女が、新一と一緒に何をしてきたか」
「!」
「︙︙元に戻って終わり、じゃねえんだな。名探偵」

 前髪の隙間から覗く眼光。
 『名探偵』と呼ぶ懐かしい、その抑揚。

 なんだか目眩めまいがする︙︙

 再会した日から、二人は互いに気付いていたけど。
 快斗はここで改めて、新一に伝えた。

 


 

 ︙︙あれ、俺どうしたんだっけ。

 知らない天井。
 新一はベッドで目を覚ますと、少し混濁こんだくする記憶を思い返す。

 そうだ。
 快斗と服部と一緒に、車で千葉に来て︙︙そこで︙︙

「お。気ぃついたか」
「服部」
「アルコールよう飲んどったし。カミングアウトもあったしなあ」

 どうやらあの後倒れ、少し眠っていたらしい。
 平次が覗き込んでいた。

「おい黒羽、工藤起きたで」
「マジ? 良かったー!
「︙︙快斗」
「気分は如何いかがですか? こちら酔い覚ましです。飲んで下さい」
「あ︙︙ああ、サンキュ」

 すると次々現れる顔。
 新一はその様子に、つい笑ってしまった。

「新一︙︙?
「いや。こうして気遣ってくれて、頼りになる仲間が︙︙俺にはいるんだなあと思って。だから嬉しくなった」

 快斗の件は改めて聞くとして、少し眠ったことで頭もリセットされた。
 新一は身体を起こすと、探の持ってきた薬を飲む。

「白馬」
「はい」
「察しの通り俺も宮野と同じだ。お前の所でも研究できるなら、こんな有り難いことはない︙︙できる事は協力する。この身体、いくらでも調べてくれ」
「わかりました。有り難うございます」
「礼を言うのはこっちだって。可能性が増えたんだからな」

 その時、インターホンが鳴った。
 スマホを確認すると、もう零時を回っている。

 こんな夜中に誰が来るってんだ?
 すると快斗が『俺が行ってくる』と駆け出した。
 
 ︙︙やがて何かを持って、帰ってくる。
 派手な装飾が付いた、白い箱だった。

「何やそれ?
「ネットで見てさ。ケーキ上手そうだったから、頼んでおいた」
「こんな時間に届くように?
「︙︙まさか」

 隣で探が声を出す。
 その様子に、快斗がにやりと微笑わらった。

 


 

「二十九日さ、白馬の誕生日なんだよね。せっかく集まったんだし皆で祝ってやろうと思って」
「へー︙︙お前ら、祝い合う仲だったのか」
「初めてですよこんなこと! 僕が一番驚いてます」
「お。照れとる照れとる」

 耳を赤くし誕生日を迎えた本人が、器用にケーキを切り分ける。
 甘さを控えた上品な味に、今が真夜中なのも忘れ、彼らは綺麗に食べきった。

 そして一日目の就寝時間。
 平次、新一、快斗、探の順で並んだベッドにそれぞれ入り込む。

「これからもさ、みんなの誕生日に集まろうな」

 ぽつりと。
 電気を消した後、快斗が呟く。

「︙︙別にいつでも集まればええやろ」
「一番難しいの白馬だし。念押し」
「なるほど」
「来ますよ。世界中の、どこにいてもね」

 同じ時代、同じ年齢で出会えた『奇跡』
 『コナン』になっていなければ、起こらなかっただろう『奇跡』

 ︙︙きっとこの先、これ以上の仲間には出会えない。

 

「快斗」
「ん?」
「︙︙あの時、図書館で声かけてくれて嬉しかった。会いたかったんだ、ずっと」
「新一」
「明日はお前の番。ゆっくり話、してもらうからな」

 じゃオヤスミ。そう呟き、新一は目を閉じる。
 両端で今の言葉を聞いていた二人も、それぞれの思いを馳せながら、窓からの月明かりを眺めていた。

 快斗はそんな彼らの気配を感じ取る。
 そうして、少し緊張していたことに気付き、苦笑した。

 


 

 なあ快斗。
 今度は俺が、お前の力になりたい。

 空を飛ばなくなった怪盗の話。
 背景にあった、宝石の噂。

 この三人になら話してくれるだろうか。
 それとも、白馬はもう知っているのかな。

 

 それはそれぞれの思いが交差する夜。
 非日常の、月の夜。

 ︙︙八月の、長い夜の話。
 

[了]

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