眠りにつく前に
適度な風を感じる夜。
都会のビル。
︙︙その最上部に浮かぶ、白い影。
「なーんか、つまんねえな」
下界は何だか騒がしい。
影は、それに視線を落としながらただ、深く息を付く。
なびく羽根を閉じる影。
それは月に背を向けた瞬間、白は黒の影に変わった。
手元に在る宝石。
何も映らない紅いそれを、再び月にかざす︙︙
「︙︙いつまでこんな事してりゃいーんだか」
もう、疲れた。
はっきり言って疲れた。
探しものは本当に見つかるのか?
大体、それは本当に存在するのか?
探し終わるまで、俺はこのまま︙︙?
「︙︙ずいぶん浮かない顔だな」
「!」
暗闇から声がした。
その方向から、人影が現れる。
自分よりも背が高く、色の白いその影は︙︙
「白馬︙︙」
「久しぶり。黒羽君」
白馬探。
黒羽と呼ばれたこの青年と、高校の時に知り合った人物だった。
グレーのスーツを着こなす長身。
前に逢った時からまた目線が変わっている事に、快斗は気付く。
面白くない顔をして探を見た。
「何してんだ、こんなトコで」
「君こそ、ビルの屋上に何の用が?」
「月見。こっから見るのが好きなんだ」
「︙︙確かに良い場所だ」
探の視線が背景の月に移る。
ジャケットもインナーも全て黒に包まれた快斗が、闇に紛れつつ柵に移動した。
強くなってきた風が、クセのあるその髪を揺らす。
「満月かな︙︙すっげーでかい」
両腕を柵に乗せ、月を見上げて呟く。
その姿から連想されるのは、どうしようもない『淋しさ』だ。
「そう言えば下で中森警部達が騒いでたよ。怪盗キッドが、久々に現れたとか」
「へえ。だからあんなにパトカーいるのか」
「逃げたのは、この近くだとか」
「じゃあまだそこら辺にいるんじゃねえの?」
遥か下界の明かりが点滅している。
それに視線を落としたまま、快斗は言葉を出した。
抑揚が無く、機械的に流れて本心の見えない声。
「︙︙黒羽君」
「あ、もう八時か。やっべ新一待ってんな」
腕時計を見て快斗が慌てる。
くるりと身体を返し、探に身を向けると何故か空気が止まった。
何か言いたげな眼差し。
ごくりと息を飲み、言葉を続ける。
「これから新一と会うんだ。お前も来る?」
「夜も遅いし、遠慮しておくよ」
『あ。そ』と快斗は呟くと、軽く手を振って探の横をすりぬける。
上下黒で彩られた身体は、背を向けると闇夜に紛れ見えなくなった。
探はひとり、残像を見送る。
「︙︙本当に君は変わってない」
変わらない。
哀しそうな瞳も。
︙︙ますます上手くなった、ポーカーフェイスも。
目を閉じる。
顔に触れる風が、心地よかった。
久しぶりの日本。
高校を出てすぐ英国の大学へ進み、帰って来たのはあれから初めてで。
「そして僕も変わってない︙︙あれから刻は、止まったままだ」
高校最後の日。
桜のまだ咲かない樹の下で聴いた言葉が、頭から離れない。
月は時折姿を隠し始める。
探は暫くそれを眺めて、ゆっくりと地上へ降りて行った。
「どうした。全然食べてねえじゃん」
「へ?」
工藤邸。
その、ダイニング。
「今日のは結構、出来良いと思うんだけどな」
「美味しいよ! ってか、いっつも何でも新一の作ったもんはウマイってば」
「なら何でボーっとしてんだ」
待ち合わせ時間に二十分程遅刻して。
そのあと歩いていても、いつに無く上の空で。
だから外で食事する予定を変えて、自分の家に連れてきた。
こんな様子の快斗は、人の群れの中に置いておくとますます無理に笑おうとする。
「さっき、白馬に会った」
「白馬?」
「いなくなるのも突然だったけど、戻ってくるのも突然だ」
「へえ。そっか今日だったっけ」
「知ってたのか?」
快斗がパスタの麺を口に咥えたまま驚く。
「ああ。時々連絡取ってるから」
「マジか。初耳︙︙」
「やっぱキッドの件が気になるらしくてさ」
「キッド、ねえ」
白馬探は、工藤新一と同じく高校の頃から探偵と称されていた人物。
ただし違うのは事件を自ら引き寄せていた新一と、探はどっちかというと『怪盗キッド』を専門で追いかけている所だろうか。
探偵同士という事で新一と探の繋がりがあるのは知っていたが︙︙
まさか連絡を取り合っていたとは驚きだ。
「ほんと相変わらずキッドに御執心みたいだな。さっきも追っかけてたみたいだし」
「そうなんだ。あ、ブロッコリー残すなっつうの、食え」
「もう一皿分ある︙︙誰か来んの?」
「ああ、服部。稽古終わったら直接来るって」
︙︙なんてことない風に、会話は続く。
二人とも微妙な空気の変化には気づいていたけれど、それを口に出しはしない。
新一は、冷め始めたパスタを皿に盛りラップをかけた。
それぞれに秘密があって。
それぞれに生きてきた軌跡がある。
大好きな新一にも話せない秘密が、快斗にはある︙︙
「新一。今日泊まってもいい?」
「︙︙お前が来て泊まらない日なんてねえだろ」
「迷惑だったら帰る」
「だから、迷惑だったら連れて来ないっつの」
食べ終えた後。
食器を片付けている時に、快斗が隣で小さく聞いてくる。
並ぶと変わらない身長の二人。
新一は、微笑う。
「︙︙だって服部来るんだろ」
「服部苦手だったっけ?」
「そーゆうんじゃなくて︙︙約束してたんなら、悪いからさ」
「約束? そんならお前の方が先だ。あいつはさっきLINEで『メシなんか食わして』って送ってきただけだし」
きょとんとする新一。
皿を拭きながら、快斗がまた続ける。
「︙︙じゃあ予定通り外で食ってたらどうしてたワケ?」
「『外出中。自分でなんとかしろ』って返す」
「もしかしていっつもそんな感じなのか?」
「俺ら? まあ、そうだな」
新一はまた微笑う。
そんな彼に、快斗は後ろから抱きついた。
「︙︙ありがとな」
「何だよ突然」
強くなる腕の力。
ふわふわの髪の毛が、新一の頬にかかる。
︙︙微かに感じる、太陽のにおい。
それと︙︙?
「︙︙新一」
「ん?」
快斗の表情が変わった。
抱き付いていた身体を離し、新一を直視する。
「今日、どこ行ってた?」
「どこって」
「︙︙血と消毒液の匂いがする」
瞬間、空気が止まる。
でも新一は構わず微笑った。
「ちょっと調査で病院行ってたから、匂い移ったかな」
「︙︙調査」
「他に何があるってんだ?」
「また無茶したんだろ。頼むから、もう少し自分を大事にしろよ」
「はいはい。テーブル拭いてその布巾くれ。そしたらデザート食おうぜ」
きっと見えない所に傷を負ってる。
でも新一はいつも何も言わず、そんなそぶりも見せない。
・・・・・・友だちなのに隠すなよと言いたいけれど。
そんな事を言えた立場ではない。
それ以上は詮索せず、自分達の食事した後を彼らは片付ける。
次に新一はハーゲンダッツを冷蔵庫から出すと、横並びのカウンターに座りひとつを快斗に渡した。
「何で急に土砂降りやねん?」
米花駅。
改札を出た所で、ひとりの青年がブツブツ言いながら歩いている。
さっきまでは月夜だったのに、ほんの数十分の間に本降りになっていることに腹を立てているのだ。
ふと。
ポケットから携帯を取り出した時、彼は横に人の気配を感じた。
振り向くと、そこに居たのは︙︙
「やっぱり平次か」
「︙︙探?」
「久しぶり」
白馬探だった。
「イギリス行っとったんやろ。どないした」
「ちょっとね。暫くこっちにいることになって」
服部と呼ばれたのは服部平次。
高校の頃に『探偵』として主に関西方面を中心に活躍していた経験を持ち、東京の大学に通うようになってからは活動範囲が関東まで広がった。
しかし東の名探偵である工藤新一との関わりは多いが、この白馬探とは滅多にない。
なのに何故この二人が顔見知りかと言うと︙︙
「平蔵さんと静華さんは変わりない?」
「まあな。お前んとこの親父さんも、相変わらずやな」
「あの人も仕事が生きがいだからね」
お互い親は警視庁のキャリア。
何かと交友があった為、子供を連れてよくお互いの家を行き来していたらしい。
だから東京と大阪と離れていても、この二人はある種の『幼なじみ』的な存在になっている。
「そう言えば、さっき『工藤』と言ってたが、もしかして」
「ああ。これから工藤んトコ行くんや」
「工藤君︙︙家にいるのか?」
「へ?」
妙な事を言い出す探。
平次が変な声を出したから、慌てて付け加える。
「あ、いや、さっき黒羽君に会った時に『工藤君と待ち合わせしてる』と言っていたから」
「ホンマか? 行って居らんかったらアホやん︙︙ちょお電話してみよ」
平次は携帯を取り出す。
しかしいくら鳴らしても出ないので、次に自宅にかけてみた。
「工藤? お前いま家に居るんやな?」
『服部か。電話出てんだから家に決まってんだろうが』
「いや探が変な事言うもんやから︙︙」
『さぐる? もしかして白馬?』
「今偶然会うてな︙︙あれ、お、おい探? 工藤、じゃあ今からそっち行くし切るで!」
気が付くと隣にいたはずの探が消えている。
平次は電話を切り、周りを見渡した。
︙︙降り続いている雨。
そして側に停まっていた車に、乗り込もうとする影。
平次は走り、それを呼び止めた。
「おえ探! 何黙って消えとんねん?」
「すまない。人に会う約束があるんだ」
「今からか?」
「ああ」
「︙︙そうか」
「工藤君に宜しく言っておいてくれ」
どこか哀しい表情。
でも探は微笑いながら平次そうに言い、中へ入った。
車は走り出す。
後部座席で、探は目を閉じた。
探は向かっていた。
約束をした、あの場所へ。
ブザーが鳴り響くダイニングキッチン。
快斗が、顔を上げる。
「来たんじゃね?」
「悪い、ちょっと出てくれ」
「んー」
作業している新一は手が離せない。
快斗は椅子から降り、ぺたぺたと素足のまま廊下へ出た。
ゆっくりと、鍵を開ける。
「どわ! 黒羽?」
「︙︙よ。ドーゾ」
出てきたのが快斗だった事と、しかもそれが無表情である事に平次は驚く。
それきり言葉を発せず背を向けた彼に続き、静かに『おじゃましまーす』と家へ上がった。
案内されたのはキッチン。
「何や︙︙黒羽おるとは思わんかったからビックリしたで」
「おう服部。タイミング良かったな」
「お。美味そや」
新一の手元に、温め直されたパスタが見えた。
平次は正面のカウンターに座る。
「快斗は今日泊まるけど、お前どうする?」
「泊まっても良いけど新一の部屋には入れないぜ。服部は隣の部屋行けよなー」
「うん。お前は別の部屋」
「そうなん? 俺だけ別? うわ寂し」
大げさな表情の平次。
からからと新一は笑いながら、平次の前にフォークと皿を置いた。
「そういや服部。さっき白馬って言ってたよな?」
「ああ、駅んトコで会うた」
「一緒に来りゃ良かったのに」
「何か用あるて、すぐ行ってもうたんや」
「へー」
「約束、あるとかなんとか︙︙」
︙︙え?
『約束』と聞いて快斗は思い出す。
︙︙そうか、今日って︙︙
「快斗?」
「ちょっと出てくる!」
「何や何や?」
叫んだかと思うと、快斗はその場を飛び出した。
残された二人は呆然とする。
「快斗︙︙」
「どないしたんや、あいつ」
新一は心配そうに表情を曇らせ、消えた方向を見つめている。
その時、冷たい風を感じた。
それは快斗が出て行った時に家に入り込んだ空気。
︙︙まだ雨の匂いもした。
「二人で帰ってくればいいけどな」
「へ?」
「ほら、食ってさっさと風呂入っちまえ」
食べ終わったのを確認すると、新一はさっさと平次をダイニングから追い出す。
食器を洗いながら、その水の流れをじっと見詰め︙︙
小さく息をついた。
「︙︙雨、止んだかな」
大きな敷地内。
テーマパークのそばにある、とある美術館。
その前に立ち探は夜空を見上げた。
もうすぐ午前零時。
もちろんパークや美術館の閉演時間は過ぎているし、この天候。
他に人の気配は感じられない。
『地球の日が始まる刻に、俺に会いに来い。そうしたら教えてやるよ』
『︙︙地球の日?』
『場所は︙︙そうだな。俺たちが最初に会った場所で』
高校生、最後の日。
卒業式が終わって、その足で直ぐ自分が英国へと飛び立つ日。
誰も居なくなった校舎。
その脇の、一本の大きな桜の樹。
いつもの通り、いつもの調子で言い合っていたのに。
ふと。
会話が途切れた時に、夕陽を背にして残していった言葉が有った。
白馬探は怪盗キッドをずっと追いかけていた。
ずっと、同じ高校に通う『黒羽快斗』という人間を追いかけていた。
二人は同一人物。
そう確証しつつも、あの白装束の姿で捕らえられなく。
やがて高校の卒業を迎える時がきてしまった。
︙︙来ないだろう彼は。
一昨年は日本にいなかったし、去年は体調を崩した。
今年はなんとか来れたけれど︙︙別の予定があるようだし。
ふと上空を見上げる。
雲間から、月が顔を覗かせていた。
すると視界にもうひとつ影が入り込んでくる。
その細い、闇夜に紛れそうな影は︙︙
「︙︙黒羽君」
「今日は新一の誕生日なんだぞ? その貴重な瞬間に、何でお前といるんだか」
それは、黒羽快斗。
ほんの数時間前に再会した、懐かしいクラスメイトだった。
「︙︙まさか来るとは」
「お前、誰を待ってる訳?」
「すまない。一昨年も去年も、来ることができなくて」
「『俺たちが最初に会った場所』って言ったんだ。ここじゃねえだろ」
「じゃあ君はどうして来たんだ」
探の言葉に、快斗は詰まる。
そう。
二人が最初に会ったのは高校の教室だ。
快斗のクラスに、やってきた転校生がこの白馬探だったのだ。
なのに。
どうして探はこの美術館に居るのか?
そして、どうして快斗はこの場所へ来たのか?
︙︙その答えはもう、二人の中に導き出されている。
「懐かしいな。ここはあの日から変わっていない︙︙違うのは、雪の夜ではないことだけだ」
「︙︙お前」
「ショックだったよあの時は。犯人にまんまと逃げられたのは、君が初めてだったから」
探は微笑う。
快斗も、もう自分を隠さなかった。
「良く解ったな。あの言葉」
「言葉?」
「地球の日︙︙」
「ああ、だって地球は『緑の地球』。みどりの日は、五月の四日だろう」
現在、五月の四日。
午前零時をちょっと廻った所だ。
「濡れてる。夜はまだ冷えるし、気を付けないと」
「︙︙つい、飛び出してきたから」
「へえ」
探は嬉しそうに微笑う。
その顔が、以前はムカついてしょうがなかった。
でも。
数年振りだからだろうか。
今は、懐かしさの方が勝っている。
「っくしゅ!」
「キッドの装束の方が暖かそうだ。着替えたらいい」
「うるせえ」
「そういう訳にもいかないか」
探は自分が羽織っていたジャケットを脱ぐ。
それを快斗に掛けた。
何だか生ぬるい体温が伝わってきて、笑ってしまう。
「相変わらずキザな奴」
「僕は『キッド』が、何のために存在しているのか知りたい。君が演じなければいけない『理由』は、何なのか」
「理由?」
快斗の表情が変わった。
怒りでもない。
哀しみでもない︙︙
それはただ、無の表情だ。
「教えてくれる気になったから、あの時ああ言ったんだろ?」
「︙︙」
快斗の前髪を、緩やかな風が通り過ぎた。
月がまた顔を出しその髪を照らす。
探はじっと快斗を見る。
言ってくれるのを、待っている。
それに耐えられず、目を閉じた。
「︙︙どうしてそんな目で俺を見るんだ」
全てを話してしまいたくなる衝動に、駆られる。
決して警察をバカにしているのではなく。
盗みを楽しんでいる訳でもない。
ただ、親父を殺した奴らを捜し出したい。
『怪盗キッド』を続けていれば、いずれ巡り遭う筈だ。
不老不死が得られるという命の石『パンドラ』を、あいつらより先に探し出す。
それを見つけ出すまではやめる訳にはいかない。
︙︙見つけて、粉々に砕いてやるまで、絶対に。
口唇が震えているのが解る。
でも、快斗は決して声には出さなかった。
︙︙探は諦めたように微笑い、息を付く。
「怪盗キッドが狙うその大半は宝石類︙︙違う時も有れど、殆どが以前盗まれたもので、必ず本来の持ち主の元へと戻されている」
「︙︙」
「そして、ある時を境に世界中に散らばっていると言われる『ビッグジュエル』だけに狙いが定まった」
更に探は続けた。
「白馬の情報網が有れば、今よりもっと確実に狙える」
「何︙︙言ってんだ?」
「黒羽君。このビッグジュエルはその殆どが警察の介入不可能な組織などに所有されている。逆に言えば、動くには『警察』である事が不利な状況だ」
「俺と手を組むっていうのか」
「そんな大層に考えないで欲しいな。単なる友達の、手助けの範囲だ」
「駄目だ」
快斗は睨む。
︙︙自分の戦いに他人を巻き込む訳にはいかない。
そんな思いを、知ってか知らずか。
探は、快斗を覗き込んだ。
「君に選択権はない。もう僕は『黒羽快斗』が『怪盗キッド』だと知っている。その気なら、証拠もいくらでも出せる」
「へえ。脅すのか」
「白馬の力を甘く見るなと言ってるんだ。それに工藤君と平次に、これ以上心配をかけるつもりなのか」
「!」
「君だって気付いてるだろう」
快斗は目を見開く。
気付いてた。
気付いてるのに、黙っていてくれてるのも、知っていた。
「特に工藤君にはきちんと言うんだ。僕の様に、先に言わせたりせずに」
「︙︙っ」
「彼が僕にキッドの情報を教えてくれる度、痛いほど伝わって来てた︙︙彼の気持ちが」
そう言えば新一は言っていた。
白馬と、たまに連絡を取っていると。
快斗は顔を上げる。
「だからせいぜい、頑張ってくれ」
「︙︙たりめーだ。目的を達成するまで、俺は誰にも捕まらない」
「いいね」
「じゃ用事も済んだことだし、さっさと新一のトコ帰ろっと」
雨は止んだが風が強い。
肩をすくめながら、快斗は探に背を向けた。
「待って。僕も行くから車に乗ってくれ」
「︙︙何でお前が来るんだよ」
「さっき工藤君から連絡入ってね。『用事が済んだら待ってるから、ふたりで来い』って」
「は?」
「それに、そのジャケットも返してもらわないと」
にっこりと微笑う探。
反射的に上着を返すが、そのまま腕を掴まれ少し離れた所に停まっていた白馬の車に、快斗は乗せられる。
そうして、運転席にいる『ばあや』に工藤邸までを指示した。
「彼の誕生日用に、いいワインを取り寄せたんだ。飲もう」
「︙︙着いたらまずあいつらに言うから。その前に、飲ませんなよな」
「bien reçu」
相変わらずの表情に、この口調。
もう反論する気力もなくなったのは、心地良く暖かい空気と絶妙な車の振動のせいだろう。
そう、快斗は思うことにする。
「明日、どっか行けるかな︙︙」
「君たちのスケジュールは把握済みだ。五月四日は、そろってオフ︙︙偶然だが僕も」
「え。何ソレ怖」
「ロンドンの別荘へ招待したかったんだが︙︙白馬の専用機でも往復で一日が終わってしまうからね。最近暑いし、北海道の避暑地にして準備させてる」
「うわー︙︙新一が喜ぶならいいけどよ。ま、気が利くっつー事にしとくか」
相変わらずの白馬探。
でも友人を祝いたいという気持ちが分かるから、快斗は流れる夜景に視線を向けながら微笑った。
すっかり雨は上がったようだ。
くっきりと浮かび上がる月が、彼らの頭上を照らしていた。
「工藤、どうした」
「快斗と白馬、来るってさ」
「へ? あいつら、いま一緒に居るんか」
「ああ。だから今夜は飲むぞ」
︙︙二人が一緒に、帰ってくる。
白馬は言ったのだろうか。
笑って、あいつは帰ってくるだろうか。
どちらにしても。
この日を。
四人で過ごせることが、何より嬉しい。
なあ、快斗。
︙︙今日は、眠りにつく前に言っておきたい事があるんだ。
[了]
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