放課後の保健室
「君、意外にオッチョコチョイなんだね」
「・・・すいません」
保健室。
時は、日が長くなり未だに夕暮れの一七時過ぎ。
ここに、あの名探偵の工藤新一。
そして新一の通う帝丹高校の校医である、新出智明がいた。
事の発端は本日の午後。
毛利蘭が助っ人として出る演劇部の公演が来週に控えていて。
男手が足りない所に『手伝って?』という鈴木園子のひと言に何となく逆らえず。
顧問である新出智明。
そしてクラスの男子数名と共に、放課後舞台セット作りをしていた。
しかし。
そこでアクシデントが起きた。
新一が高いところで作業していた時、足を滑らせてすねを木で擦ってしまったのだ。
だから、校医である新出が治療に付き合っている。
手馴れた手つきと、シンボルでもある白衣を纏う新出。
眼鏡の下から覗く綺麗な瞳。
それが、いかにも『らしくないなあ』と言わんばかりに微笑った。
「いたたたたた!」
「ああもう、じっとしてて。直ぐ済むから」
「先生、楽しんでません? っつー!」
「そりゃ、こんな工藤君なんて中々見られないからね」
ちょいちょいと傷口に薬を塗る。
染みる痛さについ新一は声を出し、素直に顔を歪ませている。
その表情が面白いから新出はつい微笑う。
「はい終わり。包帯巻くからちょっと待ってて」
「はい」
ベッドに座らせたまま。
新出は隣の部屋に行くと、包帯をひとつ棚から取ってきた。
その時、新一は自分の足に自分でない血痕を見つける。
「ん・・・?」
この血は・・・・・
「? どうしたの」
「先生。手、見せて」
「って・・・わわ!」
「ほらやっぱり」
右手。
肘の、少し内側。
シャツが赤く滲んでいる・・・・
「センセも切ってんじゃん」
「こんなの、後でやるから大丈夫だよ」
「薬塗りにくいでしょ。俺がやるよ」
「しょ、消毒液あっちに置いて来たし! 後で良いって!」
突然、新出の白衣を脱がす新一。
現れたシャツの袖。
血が滲むそれさえも、脱がす。
「寒いよ!」
「何言ってんですかいいオトナが!」
「だから、消毒液はあっちに置いて来たって!」
「そんなの、こうすりゃ充分です」
「え?」
・・・・ぺろり。
瞬間。
新出の刻は、止まる。
そうして新一はもう一度、ぺろ。
「ちょちょちょちょ! 工藤君何やってんの?」
「舐めてます」
「そんなの見りゃ解るよ!」
「唾液って消毒効果あるんでしょ?」
あっけらかんと。
ベッドに座っている新一から、立っている新出への見事な上目遣い。
明らかに、それは計算し尽くされた視線。
耳まで真っ赤になりながら焦る新出。
新一は、おかしくてたまらない。
「・・・・君、誰でも平気でそういう事するの?」
「血は見慣れてますから」
「いや、じゃなくて」
「あ。人は選びますから安心してください」
新一は近くにあった箱から、大きめのバンソウコウを取り出した。
「はい。とりあえずオッケー」
「・・・どうも」
「じゃ、つぎ包帯」
「はいはい・・・・」
「もう暗いですねー。蘭達まだ終わんねえのかな・・・・センセ。ちょっとこのままココでサボりません?」
窓の外からの真っ赤な夕陽。
それは見事に、保健室を赤く染めている。
新一の表情は・・・・逆光で見えない。
「新出先生?」
「え、ああ」
「どーしたんですか。ボーっとしちゃって」
「いや。そうだね・・・と言いたいところだけど、僕は顧問だからね。ほら、手伝えば早く終わるんだから行くよ!」
「ええー」
眼鏡をくいと掛け直す。
さっき脱がされたシャツはもう着れないから、もう一枚のグレーのシャツを手にとった。
その時、新一がポツリ。
「先生。俺の破けちゃってもうはけないんですけど・・・・・ジャージか何かないと」
「あ、そうか」
「教室のロッカーに入ってるんで、取って来てもらって良いですか?」
「解った。ちょっと待ってて」
そうして、先生に使いを頼んだ新一。
その姿を見送り。
また、ひとつ大きな欠伸をした。
[了]
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